眠り姫に愛のキスを【未完】 - 1/5

美しい容姿に、好かれる態度。

誰もが慕うような、しっかりとした意思と、覚悟、責任も持っていて。

どうすればより魅力的に見えるかを考えて、考えて、考えた。

どうすれば。

どうすれば、誰かに愛されることが出来るのだろうかと。

顔だけで近寄るも良し、流麗なトークに酔いしれるも良し、はたまた登りに惹かれるも良し。

どこを取ったって構わなかった。

どこを好きになってもらっても、厭わなかった。

東堂尽八は、愛されないと死んでしまうと自覚していた。

発覚

少しまだ肌寒い4月の半ば。

軽い気持ちで入った新入部員が辞めていき、本気の者だけが残り始めたこの時期に、箱根学園は毎年恒例で合宿を張っていた。

福「今年は、連続優勝を続けたせいか、普段なら五日ほどの合宿を2週間程に変更になった。去年までの先輩たちに感謝して、励んでほしい。」

東「行ける人数はその代り限られる。参加できる人もそうでない人も、出来ることをせねばならんよ。今年は、インターハイ有望メンバーに加え、今から読み上げる者のみの合宿となる。勿論合宿に参加するものは授業を抜けるわけだから・・・終わったら地獄の補修が待っている。まあ、当たり前だが勉学も疎かにしてはならんよ。では、読み上げる!~~」

主将の福富と、副主将の東堂が合宿の件について説明をする。

福富は相変わらず最低限しか喋らない為、東堂が引き継いで喋る。

その際、東堂が浮かない顔をしていたのに気付いたのは荒北と新開、真波の三人だった。

ミーティング後、荒北が東堂を呼び止める。

練習に戻ろうとしていた東堂は、訝しげに振り返る。

荒北だけでなく、新開、真波も何か聞きたげにしていたが、黙って席を外した。

東「なんだ?珍しいな」

荒「アー・・・なんつうか、なんか変な匂い?がしたっつーか・・・おめェ、なんか隠してネェ?さっき合宿の話してた時、なんか違和感あったんだよナ」

東「・・・!むう、流石野獣と言うべきか。中々いい鼻してるじゃないか。」

荒「デエ?なんだってわけエ?」

少し驚いたように目を大きく開いた東堂だったが、すぐにいつもの余裕な笑みを浮かべ、くすりと荒北を見据える。

なんとなく、その様子が東堂らしからぬ、触れるな、近づくな、知ろうとするなと、睨んでるわけでもないのに、体中が拒否を感じた。

東「・・・そうだな、お前は信じないだろうが・・・万が一の為に、一応伝えておこうか」

荒「ッセ、焦らすな」

東「荒北。いいか、今から話すことは嘘偽りのない本当の話だ。そして、普通ならありえない話だ。俺だって信じられない。それでも、聞くのか?」

荒「・・・随分怯えてるジャナァイ?山神様らしくねェぞ東堂」

東「茶化すな。俺は真剣に聞いてる。どうなんだ、荒北」

荒「・・・聞くヨ。減るもんじゃねえダロ」

東「ッハ、確かにな。話したところで、どうにもなりはしないだろうな。では、他言無用に頼む。最初に話すのがお前なのは意外だが、まあ、そんなこともあるだろう。」

東堂が、1歩、2歩と荒北への距離を詰める。

カチューシャがすぐ目の前に見えた時、東堂はいつもの不遜な顔で荒北を見つめ、妙に静かな声で囁いた。

蒼い瞳がスウ、と光を細める。

東「俺は、1週間に1度、誰かにキスして貰わないと眠って目を醒まさない体質だ。原因は不明。ある日を境にこの体質に変化した。だから、2週間の合宿と聞いて、少し悩んでいる次第だ・・・ま、お前が聞きたそうなことは前もって答えてみたが、どうだ?他に聞きたいことはあるか?」

荒「・・・ナ、」

はくはくと口を開いたり閉じたりしか出来ない荒北を後目に、東堂は少しだけ悲しそうに笑う。

東「ほら、な。信じられないだろう?そして、知ったからと言ってどうにも出来ることじゃない。」

スリーピングビューティーの異名は、俺にとってはとても皮肉なものでもあるのだよと笑いながら部屋を出ていく東堂を、荒北は引き留めることは出来なかった。

荒「・・・んな、わけわかんねェ話あんのかヨ・・・」

また、わけのわからない冗談かとも思ったけれど、嘘を言ってる匂いはしなかった。

そして週一で必ず家に帰る東堂を知ってる荒北は、あれは、家族の誰かにキスしてもらっているのだろうかと考えを巡らせる。

荒「~~、ッハ、あほらし」

だからと言って、俺に言ってもそりゃあ成程、どうしようもねえなと思った。

何故なら、ただのチームメイトで、大して仲良くもない荒北だ。

だからこそ、話したのかと。

仲の良い人に話して、信じられなかったら、笑われたら、傷つくから。

だから、大して仲良くもない自分に話したのだと、その考えに至ったのは、就寝時間に布団の中に潜ってからのことだった。

合宿は、すぐにやってきた。

箱学の精鋭を集めての練習は中々にハードで、練習が終わり次第風呂入って寝るだけの毎日だった。

1週間なんてあっと言う間で、なんとなく気になって東堂を見ていた荒北も、やっぱ元気じゃネーか、一杯喰わされたかな、やっぱ。なんて思っていた。

丁度一週間が経ったある日、練習後、風呂上りに、牛乳を飲みたいという真波について東堂も一緒に自販機に向かった、その瞬間。

真「東堂さん?」

東「、」

いきなりすぎて、誰一人思考がついてこなかった。

それまで普通に喋り、笑っていた東堂の表情がいきなり無表情になったかと思うと、すぐに瞳から光が消え、瞼を閉じて、重力に忠実に地面に臥す東堂がいた。

ドシャ、とかなり大きな音がしたため、なんだなんだと近くにいた荒北と新開も見に来た。

荒「・・・ア?」

真「と、東堂さん!大丈夫ですか東堂さん!!あ、荒北さん、新開さん、い、いきなり、東堂さん、倒れちゃって、ど、どうしよう、」

新「落ち着け真波、ひとまずベッドに運ぼう。靖友、抱えるの手伝って」

荒「オ、オオ」

完全に意識を失ってる東堂を、かなり乱暴に(新開に怒られた)持ち上げても、耳元で喋りかけても、何の反応もなく、それどころか最低限しか動かない胸の動きを見て、生きてるにも関わらず、死んでんじゃねえかと不安になる程だった。

それは荒北以外も同じだったらしく、真波もだいぶ泣きそうな顔で東堂を見つめるし、新開も珍しく難しそうな顔で東堂を見つめた。

‐――――――一週間位一度、キスをしないと眠ってしまって、目を醒まさなくなるのだ

来る前に聞いたセリフが胸を過る。

新「おい靖友?!」

荒「オイ、東堂!!起きろテメエ!」

本気でからかってるのか、ガチなのか。

東堂の鼻をつまみ、口を塞ぐ。

いきなりなにするんだと新開が止めようとするが、鋭く睨んで止める。

真波は不審げに、でも伺うように荒北を見つめる。

普通眠っていたところで、呼吸が出来なかったら目が覚める。

無呼吸というのもあるらしいが、それはどう考えても当てはまらないだろうからと強硬手段に息を止めされた。

東「———————————」

徐々に細くなっていく息に、青色に変化する肌。

ドクン、と心臓の音も弱くなる。

荒「ッチィ」

本当に死にそうだと野生の勘で悟った荒北が手を離すと、ヒュウ、と細い喉を酸素が通う。

白い肌に少し血色が戻り、三人ともホッとする。

新「靖友、なんか知ってるの?」

真「こないだ、二人で話してた時の、ことじゃないんですか?」

元々勘のいい二人だ、じい、と謎の行動に出た荒北を見つめる。

荒北は、やりづらそうに、ガリガリと頭を掻きながら、アー、と少し悩む。

他言無用と言われたからだが、もうこの状況は一人でどうこうなる問題じゃない気もしてきたのだ。

東堂を部屋に運び、布団を掛けるが、やはり何も反応がない。

耳をひっぱったり(荒北)パワーバーを口に突っ込んだり(新開)擽ったり(真波)試したものの、目を醒まさない。

擽った際は、体だけがピクピクと動いたが、どう考えても反射的なものであるため、覚醒とは程遠いだろうということに落ち着いた。

ポオン、と柱時計が12時を告げる。

それまで無音だった部屋に荒北の舌打ちが響く。

真「荒北さん?」

荒「・・・1回だけ試してやるよォ、東堂」

相変らず眠ったままの東堂にそう言い捨て、頭の横に腕どす、と置いて覆いかぶさる。

白い肌に、整った顔が荒北の目に入る。

荒「・・・ウソだったら、殴るじゃすまねえカラナ」

新開、真波も見ている中、荒北は乱暴なキスを東堂の唇に落とした。

新「靖友!!!!」

すぐに口を話した荒北に新開が詰め寄ろうとした。

その瞬間。

パチリと、それまで何をしても目を醒ますことのなかった東堂が、瞳を開けた。

真「東堂さん!!」

新「尽八!?」

荒「・・・・・・マジネタだったのな、東堂」

パチパチと数回瞬きした東堂は、あたりを見回し、目の前の荒北を見やり、ああ、と呟く。

東「・・・信じてくれたのだな、ありがとう、荒北。そして、バレたのだな。俺の、この、体質も・・・ッ」

倒れた時の無表情のまま、はらはらと涙を流す東堂に、声を掛けようとした荒北を遮り、新開が訪ねる。

新「尽八。これ、どういうことなの?」

怒ってるわけじゃあない、理由を教えてほしいんだ。

優しくそう言う新開に、相変らず涙を零す東堂が答える。

東「これが・・・俺の、体質だ・・・・っ、しゅうに、一度、キス、してもらわないと、眠り続けてしまう、らしい・・・ッ、きもち、わるいだろう・・・っひ、おねが・・・」

無表情のまま、止まらない涙を拭おうともせず瞳を閉じる。

東「おねがいだ・・・きらいに、ならないで」

新「・・・!!そんなんで、嫌いになるわけ、ないだろ・・・変なとこで自信なくすなよ、尽八」

そう言って頭を撫でる新開の頬がやや赤くなっているのを荒北は見逃さなかった。

真「泣かないで、東堂さん」

真波が、涙を流す東堂の涙をふき取る。

真「大丈夫です。俺、東堂さん大好きですよ。嫌ったりなんかしません」

荒「・・・なあ東堂ォ、お前こんだけ慕われてて、まだ皆に黙っとくワケ?」

もうちったあ、信用してくれてもいんじゃねえノ?

うちのチャリ部は皆、お前をバカにしたりしねえと思うケドォ?

そう言った荒北に、くしゃくしゃの笑顔で、東堂が笑った。

東「・・・うん、そうだな。フクと、泉田と、黒田・・・そのくらいには、話しておきたい。あまり大勢に話しても混乱を招くだけだろうから、とりあえずあの三人なら、大丈夫な気がする」

新「うん、そうだな」

荒「世話焼かせやがってんじゃねーゾ、ボケナス」

真「俺に出来ることならなんでも協力しますからね!」

17年間、一人で抱え続けた秘密を、何故かぽつりと零してしまった、あの時から。

もう、絆されていたのかもしれない。

東「最初にばれたのが、お前らで良かった」

そしてそんな東堂に絆されかけてるのは、さて誰でしょう。

この日東堂は、新しい一歩を踏み出した。

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