アテンション
HQホラーワンドロ
お題『夜の学校』『送り火』『水面』
満を持しての瀬見さん回ですどぞどぞ。最初からトリは君だと決めていた!
最後のワンドロ、被害者は最初から決めてました瀬見英太お前の番だ!!!ン待たせたねぇ!!
夏の夜、とても星の美しい夜からの落下の話です。
最後なので性癖全部乗せしちゃいましたえへへ。
おk?
*
瀬見英太は夢を見る。
暗い闇の中、何処からともなく、俺は逆さに落ちていく。
視界が180度ひっくり返っていて、視界に映るのはいつもと上下反対の校舎。
まるで、屋上から飛び降りたようなそんな視界。
普段見るよりもかなり大きな丸い月が、やけにクリアに瞳に映る星々が、落ち行く先に見える水面に映っている。
何処からか、パチパチという奇妙な音がしていて、音の主を探そうとした瞬間ざぶんと水面に叩きつけられる。
美しい夜の光を飛沫で揺らしながら、沈んでいく。
底など無いような深い深い水底へ、やけに透明な水中から小さな灯りを水面の上に見る。
手を伸ばそうとしても届かない。
水に落ちた瞬間から、もう何の音も聞こえない。
そして自身の体には、黒く、長く、半透明な三本の棒状器官が纏わりつこうとしてくる。
それらは、よく見なくても分かるほどに、グロテスクな棘のような物が生えており、俺はその棘から逃れるように水上へと手足をばたつかせる。
よく分からないけど俺はその棘を酷く不気味だと思った、刺されたら死ぬんじゃないか、なんて思ったから。
だけど水面は遠くて、体は重くて、逃れたくて、逃れたくて、息がどんどん苦しくなって、それで。
動かなくなっていく体が、あの嫌な棘に囲まれて、ああ、もうダメだ、死ぬ、俺は此処で死んでしまう!
…そう思って、俺は限界まで目を見開いて、せめて自分の終わりを見届けよう、とそう思った時。
ゴボリ、と、最後の酸素が口からすり抜けたその瞬間、目が覚める。
落下している瞬間、やけに美しいと思ったその夢は、だけど希望が無かった気がした。
何かに、呼ばれているような、そんな気もした。
◆
「…と、まあ、そんな奇妙な夢を見たんだよなー」
「英太くん、今俺達は何してると思う?」
「え、納涼☆夏の怪談大会だろ?」
「そうだよ!!!夢の話してどうすんのさ!!」
「え、ホラーじゃね?…因みに俺はこの夢をかれこれ12日間、毎夜連続で見ている」
「ごめんホラーだったわ。…怪談大会である今日まで取り立てて話題にも出さない英太くんが」
「エッ」
白鳥沢学園バレー部では本日、突然の怪談大会が開催されていた。
というのも、体育館で練習中に続々熱中症でぶっ倒れる部員が続出し、この夏一番の暑さだと言われる本日、突然部活が休みになったのだ。
しかし、本来であればお盆休みにも拘らず、練習の為に帰省もせずに寮に残っていた(主にレギュラー)メンバーは普通に戸惑った。
大体のメンバーが宿題を終わらせており、やることもなく、暑いからと走ったり自主練することすら禁止されてしまい、困ったように寮の談話室に集合していた。
他の寮生も、大抵帰省しており、居るのは本当にバレー部レギュラーメンツ位である。
そこで、たまにはバレー以外のことで親睦を深めよう、とわざわざ消灯してからこっそりと牛島の部屋に集合(相部屋の面々が全員帰省しててかつ一番広い部屋)して怪談大会を開始したのだった。
寮を厳しく監視する監督者の人数もお盆で帰省しており最低限しかおらず、バレずに集まるのは容易かったという。
で、それぞれ体験した話や、聞いた話なんかをそれっぽく話していき、最後が瀬見で、上記に至る。
「ていうか確かに怖いけどジャンル違くない??」
「だって急だったしこれくらいしか浮かばなかったんだよー。あと俺は何回死にかける夢を見れば良いのかと思うと割と嫌じゃね?飛び降りからの水没からの触手?プレイだぞ」
「プレイ言うな」
気の抜けた話をしていると、大平がまあまあ、と優しく諭す。
「今日で盆休みも最後だし、変なことも終わるんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「…例えば、盆で帰ってきた霊が瀬見に変な夢を見せているのだとしたら、ほら、終わるだろう?」
「…あーそういう?」
ナチュラルに幽霊がいる前提で話す大平に、瀬見以外がぞっとした。
それなら送り火でも焚いて絶対に帰ってもらわなきゃなあ、なんて夢を見た張本人は呑気にほざいていたが。
「送り火になるかはわからないけど…これなーんだ」
「!!」
大平が小さな袋を取り出して全員に見せると、それは線香花火の束の入った袋だった。
どうしたんだこれ?と山形が尋ねると、大平はいい笑顔で答える。
「いやな?あってない様な夏休みの更には盆休み、わざわざ練習のために残っていたのにその練習さえ潰れて、高校生という短い青春の1ページが無為に終わっていくのは中々に侘しいものですね、と寮の監督者に話しかけてみたらこれをくれた」
「…わあ」
「俺達は普段からきちんとしているし、屋上の隅でバケツ持参でやるならしていいって」
「何で屋上?」
「中庭とかグラウンドだと誰かに見られるかもしれないからだって。そもそも線香花火しかないからそこまで燃えることも無いしバケツと水さえちゃんとするなら目を瞑るってさ」
まあ線香花火しかないからそんなに盛り上がらないかもしれないけど、夏の締めには丁度良いだろうと大平が言うと、割と全員乗り気になる。
「…けど、流石に今日はもう遅いからな。明日ならまだ生徒も少ないだろうし、明日やろう。今日は大人しくここで寝る、良いな?」
五色がワクワク顔を一瞬で(´・ω・`)とさせるが、しかし楽しみが伸びただけだよ、という瀬見の言葉にそうですね!とあっさり笑った。
他の人に見られたらまずいから花火は手元に置いておかないといけないけど、俺のポケット既に一杯なんだよな、と大平が少し困った顔をしたので、俺持っとくよと天童が袋ごと預かってジャージのポケットに捻じ込んだ。
そんなわけで、牛島の部屋のベッドや、フローリングに適当に布団(持ってきた)を敷いて雑魚寝する。
図体のでかい男がみっちり詰まっているので大変暑苦しいものの、寮の部屋は一日中エアコンが使えるので遠慮なくエアコンを回した。
寝るぞと言っても大人しく寝ないのが男子高校生。
しかしながら、慣れない怪談話の会なんかやったせいか、割とあっさり眠気はやってくる。
…これは余談だが怪談のホラー度で言えば、白布の話したどれだけ撒いても必ず先回りしてくる謎の白いワンピース女の話が満場一致で一番怖く、五色辺りが割とガチ目にビビっていた、話し方が上手過ぎた。
眠れなかったらどうするんですか!と喚いていた五色が一番にスヤアしたのが余りにもお約束過ぎて三年一同大笑いした(それでも起きなかった)。
こんな感じで、実に穏やかに、平和にそれぞれ眠りの淵へと落ちていった。
深夜。
ふと、ガサガサ音で目が覚めた天童が暗い部屋でゆっくり瞼を瞬かせる。
スマホの時計を見ると、時間は夜中の二時、嫌な時間に目が覚めたなあ、と思って鮮やかに二度寝をキメようとした時。
「…英太くん?どうかしたの?」
天童は壁の直ぐ側で寝ており、壁の方に置いていたスマホを消して上向きになれば、隣に人影があった。
隣に寝ていた瀬見が、何故か半身を起こして座っていた。
表情はぼうっと抜け落ちており、何をするでもなく、ただ座して虚ろな視線を何処ともなく向けていた。
ひょっとして具合でも悪いのか、と天童が尋ねようと起き上がった時。
「…英太くん!?こんな時間にどこ行くの!?」
瀬見はむくりと起き上がって、天童の声なんてまるで聞こえてないとばかりにそのままのろのろと部屋を出ていってしまい、思わず天童が叫ぶと、その声で白布や大平が目を覚ます。
「なんですかこんな時間に…五月蝿いんですけど…」
「どうかしたのか、天童」
「あ、二人共、ごめん、なんか英太くん様子がおかしくて」
「瀬見さんが?」
白布が訝しげに首を擡げるが、大平が寝る前は普通だったが、具合でも悪くしたのか、と心配そうにドアのほうを向く。
瀬見が出ていき、開け放たれたドアからはエアコンの効いてない廊下から生ぬるい風が吹き込んでくる。
「俺気になるからちょっと様子見てくる」
「まあ待て。何があったかも分からない以上一人だと危ないかもしれない、全員巻き込もう」
「獅音くんってたまにそういうとこあるよね…」
「なんの事だ?…おい皆起きろ!!!!!!!!」
遠慮容赦なく大平は寝ている全員の肩を揺すっていき、突然の揺さぶりに何事かと全員即座に目を覚ました。
「なになに何!?地震か?!」
「違うよ隼人くん、説明は歩きながらするから全員黙って着いてきて!」
「む…眠い」
「ごめんな若利、でも着いてきてくれ」
わけも分からず連れ出されたメンバーに天童が説明をしつつ、瀬見が歩いていった方へとついていく。
瀬見はゆっくりと、ふらふらと揺れながら歩いているので直ぐに背中が見えてきた。
「…夢遊病か?」
川西がふと、思い出した様に呟くも、天童が俺は違う気がするなあ、と否定する。
「英太くんの怖い話、覚えてるでしょ?…なーんか引っ掛かるんだよねえ」
「怖い話って…夢の?」
川西が懐疑的な顔をするのを見て、まあ普通そう思うよね、と天童は苦笑した。
「別に信じてくれなくていい。信じられなくても無理はないし、俺だって出来れば当たって欲しくない。…でも、ムカつくことに、嫌な予感って結構当たるんだよね」
最悪、俺一人でも英太君を追うよ、と言って背を向けた天童に、牛島が言う。
「誰が信じないと言った」
「若利くん」
「マブダチ、だろう?…俺は行くぞ」
当たり前の様にそう言い切って、多くは語らずに天童と肩を並べる牛島に、弾かれたように白布が後を追った。
「俺も行きます」
「俺は最初から行くつもりだったよ」
その白布の後ろを大平がそう言って、天童の背中をぱん、っと軽く叩く。
「…こうなりゃ一蓮托生だ!全員で行こうぜ!」
「は、はいッ!」
「ああもう、早く瀬見さん連れて帰りましょう!」
山形、五色、川西も程なくして後を追う。
天童は、柄にもなく瞳に熱いものがこみ上げてくる。
それらを飲み込んで、よっしじゃあ行くよ!と明るく(小声で)叫んで気付かれない位の距離を陣取りに行く。
瀬見は、ふらふらの足取りで、靴も履かずに裸足のまま寮の玄関までやってきた。
当然施錠されており、どうするのかと思えば、暫くガチャガチャやった後、くるりと方向を変えて玄関に一番近い共用洗面所へ入っていく。
そして、換気の為薄っすらと開いている小窓を全開にして、そこから外に飛び降りた。
「ちょ、良く入り込めたな?!俺達いけるかあれ!?」
「若利と川西と俺はちょっとヤバいかもな…」
大平が若干頬を引き攣らせるものの、『肩が通ればいける!!』とかいう野良猫じゃねえんだぞみたいな理屈でどうにか全員無理くり小窓から脱出した。
牛島が詰まった時は詰んだかと思われたが、背後に居た山形が全力で尻をフルスイングした結果降りる(落ちる)ことが出来た。
頭からいったので白布が顔を青くしたものの、そこは牛島、綺麗な着地を決めながら顔を顰めて尻を摩っていた。
全員が抜けて、瀬見の向かった方向へ歩を進めていくと、瀬見は丁度校舎の中に入ろうとしていた。
「…また鍵掛かってんじゃねえの?」
「あー」
先程の窓みちみち事件を思い出してげんなりする牛島と山形だったが、瀬見は校舎の真横をぐるりと巡って、非常階段の方へと向かって行った。
非常階段の横の非常口のドアのノブを数回弄ると、あっさりドアは開いた。
「そういえば、あそこの非常階段のとこのドアだけ古くて建付けが悪いって聞いたような…」
五色がそう呟くと、その話を知っていた天童と山形が聞いたことあるわ、と頷いた。
「英太君も知ってた筈だよ。…無意識かな?さっきも玄関から避けてあっさり洗面所の方に向かったし」
「操られてる…にしては足取りがふわふわな感じしますよね。あくまで瀬見さんの意思で動いている感じがしませんか?」
「うん、俺もそう思う。操るって凄く指示が面倒でしょ?寮から学校に連れ出すだけでも相当数複雑な命令しなきゃいけないだろうし。だから、英太君の根本部分に何か語り掛けて、それに英太君が無意識で応えてるって感じかな」
「…天童さんのその頭の回転は何なんです?」
「賢二郎にだけは言われたくないけどね!俺も別にオカルト的なものを真っ向から信じてるわけじゃあないけど、だけど、確かに世の中には『良く分からない』ことも、ものも、あるとは思ってるから」
「…俺は、確定ではない情報は断定しないだけです。あるにしろないにしろ、俺の目で確認したわけでも、確かな証明があるわけでもないものをああだこうだと決めつけるのは愚かだと思ってます」
そんな二人の会話を、川西がよくぞこれだけの情報でそこまであれこれ考えられるなと引いて、もとい感心していた。
牛島は、俺はその辺の思考は全て天童に任せる、力仕事なら俺が受けよう、といつもの真顔で言い切っていた。
瀬見はぺたぺたと裸足のまま暗い校舎の中を何処かへ向かって歩いていく。
天童達は、それをゆっくり着いていく。
「…夜の学校って、不気味ですよね」
ふと、五色がぽつりと呟く。
確かに怪談大会の時も一番ひゃーひゃー怖がっていたのは五色だったし、無理もない、と天童が慰めようとした瞬間、予想外のメンバーが続いた。
「ああ、不気味だ」
「…若利くんって怖いの駄目だっけ?」
怪談大会じゃ全然そうは見えなかったし、今も顔色とかはいつも通りに見えるけど、と天童が問えば怖いわけじゃない、と牛島は首を振る。
五色も、俺も怖いわけじゃないですよ!と慌てて口添えると、じゃあどういう意味?と大平が尋ねる。
「「なんか嫌だ」」
…二人の声は、ぴったりとそう重なった。
流石に、天童、白布、大平がごくり、と唾を呑む。
「なんか、って、何?」
「分からない。分からないが、落ち着かない。怖い、というよりは、この場に居たくない、居るべきではない、と、校舎から圧迫されているような、気すらする」
「お、俺もです!俺は牛島さんみたく上手に言葉に出来ませんけど…なんか、嫌なんです。なんというか、うーん、俺達は、違う?」
牛島と五色も、自分達も良く分からない、とそう言った。
元来二人共感覚派であるので、言語化はあまり得意とは言えない。
そしてその弊害で、ただただ不穏さのみが提供される羽目になった。
「違うってどういうこと五色」
「…違うんです。俺達じゃ、ない。俺達は、選ばれない。…要らない?…いいや、邪魔?…分からない。うーん…都合が悪い?」
頭に浮かぶ単語をそのまま単語のみを呟いていく五色に、白布が分かりやすく舌打ちをしたが、天童は黙ってそれを聞いていた。
牛島も、俺も五色と概ね同じ感じだ、と同意した。
「此処に居てはいけない感じが、拭えない。早く、瀬見を迎えに行った方が良い気がする」
「…まあ、そうだね?なんでダブルエース組だけ分かったのかな?野生の勘?」
天童が不思議そうにするものの、川西が至って冷静に二人以外が全員アイデア失敗したんでしょ、と言い切った。
7人中5人失敗ってやばくない???と言いつつ、今まさに二階への階段を登ろうとしている瀬見を走って追いかける。
向こうは歩き、こっちは走りなので簡単に追いついた。
「英太君!何してんの帰るよ?!」
「………」
天童がそう言って瀬見の肩を引っ張る。
しかし、まるで聞こえてないようで、顔色一つ変えず、引っ張られてもお構いなしに体を前に進めていく。
こうなりゃ止める(物理)しかない、と天童が牛島を呼ぶと、直ぐに意図を察した牛島が瀬見の体をそのままぐっと抑えつける。
しかし、瀬見の体は動きを止めない。
それどころか、それ以上動いたら絶対に骨が折れるだろう方向へ、無表情のまま動かし続けた。
「っくそ、」
このまま折るわけにはいかない、と牛島が力を緩めると、またそこから動き出す。
瀬見は二階、三階へと階段を一歩ずつ登っていき、最終的には屋上のドアを開いた。
屋上は基本開放されているし、屋上からの侵入なんか考えないのか、ドアに鍵すらついていない。
飛び降りや事故防止に、二メートル程の柵があるだけの、他に何もない空間だ。
屋上、という言葉に、天童の頭に浮かぶのは、瀬見の見た夢。
何処か、高い場所から落ちていた、上下反転した夜の校舎が見えて、そして。
「っやばい、」
天童が思わず大声でそう叫び、何事かと周りが驚いた顔をしているうちにも、瀬見は柵をよじ登っていた。
「やっぱり、英太君が見た夢の影響だ!多分、多分このままだと…英太君は飛び降りる!!!!」
縁起でもない天童の言葉に牛島、大平、山形が凄い速さで瀬見の方へと走っていき、どうにか止めようとしがみ付く。
相変わらず動きを止めようとしない瀬見に苦戦しているようで、五色や川西も思わず後を追って瀬見の方へ走った。
「天童さん、多分これ、普通に止めても止められないんじゃ」
「っくそ、だよねえ、考えろ、考えろ、皆の言葉を思い出せ…!!」
白布と天童は、考える。
力では止められないあの凶行を止める、別の手立てを考えて、考えて、瀬見の言葉、牛島の、五色の、此処まで来る間に聞いた言葉を思い出して、整頓して、解答を手繰り寄せる。
絶対死なせたりしない、という想いを胸に、諦めることなく思考を凝らす。
「…お盆」
「白布?」
「大平さんが、言ってましたよね?お盆に帰ってきてる霊が、瀬見さんに悪戯で変な夢を見せているんじゃないかって」
「…お盆は今日で終わり。今夜で最後だ!迎え火で迎えるように、送るのなら…!!送り火があればひょっとしたら!!」
「で、でも送り火なんて何処にも、」
「大丈夫!…多分、この時の為に俺が受け取ったんだろうね…!俺のポケットには、これがある」
天童のジャージのズボンから、大平から預かった線香花火の袋が現れる。
小さなライターが中に入っており、天童は素早く線香花火を取り出して、火を付ける。
そのままそれを持って瀬見の方へ向かって走り、白布は線香花火とライターを拾い上げて川西達に叫んだ。
「送り火だ!!!!ダメ元だろうが試す価値はある!!!手伝え!!!」
白布の声に、川西、五色が白布の元に走り、数本の線香花火を手に持ち、火を付ける。
そして天童に続いて、ほぼ柵の上まで登っている瀬見の方へと掲げた。
「どこの誰だか知らねーけど!!英太君は連れてかせないよ!!!帰るなら、英太君は置いてって貰うから!!!!」
「瀬見さん!!お願い目を覚ましてください!!」
「瀬見さん!!危ないから早く降りて下さい!!」
「っどこの誰だか知らねえが、あの世にはてめえ一人で帰りやがれ!!!」
天童、川西、五色、白布の順位叫びながら火を持って近づくと、瀬見が苦しそうに顔を歪ませて、力が抜ける。
効果は確かにあったらしい、瀬見の虚ろだった瞳に、ぼんやりと光が灯る。
花火のカラフルな色が、瀬見の光彩に瞬いた。
---そう、力が抜けた。
上まで登り切っていた瀬見を、必死で止めようとしていた牛島達だったが、正気に戻った様な反応に一瞬気を抜いてしまった。
結果、瀬見は屋上とは反対の方向へと崩れていく。
「瀬見さんッッ!!!!!!!!!」
ぐらりと歪んだ瀬見の体が重力に流され、落ちる直前、瀬見の腕を牛島がどうにか掴んだ。
ほっとしたのもつかぬ間、この下はプールとはいえ、落ちたら普通に死にかねない。
牛島が苦し気な顔で、それでも離すまいと瀬見の腕を掴んでいると、瀬見が漸く口を開いた。
「若利」
「ッ瀬見、早く、上がれ、」
「線香花火、俺にも頂戴」
瀬見の口から飛び出した言葉は、想像を絶するものだった。
え、今?このタイミングで?とほぼ全員が絶句する。
「分かったんだ」
瀬見は、静かな声で、全く焦った様子もなく、穏やかに言葉を続ける。
「あの夢で見てた、落下してた、見えた世界も、聞こえた音も、全部本当になる。きっとこれは覆せない」
「ッ俺は絶対に手を離さない、」
「落ちて、俺はあの気味の悪い、不気味な棘に刺されて終わり。…だけど一個分からないことがあった、あの、パチパチ音だ」
牛島の手が少しずつ、外へと引きずられていく。
後ろから山形と大平が落ちない様に更に引っ掴んでいるが、時間の問題なのは流石に全員見て取れた。
「あの音、必ず聞こえてたのに、何処にも俺は見つけられなかった。あの音が聞こえないと思った瞬間、俺は飲み込まれて、連れて逝かれた。あれは、きっと、送り火だ。…俺は、向こうに行くんじゃない、還す側だから、火を持ってないときっと駄目なんだ」
だから、その線香花火を俺に頂戴。
絶対に、夢の様にはならない、必ず生きて戻るから、と。
もう片方の腕を必死に上に向かって伸ばす瀬見に、ああもう、と天童が叫んで、残りの線香花火全てに火を付けて瀬見に手渡した。
それと同時に、ずっと掴んでいた所為で滲んでいた汗により、ずるりと牛島の手から瀬見の腕が滑り落ちた。
「瀬見さんッ!!!」
「瀬見!!!!!!!」
「英太君!!!!」
瀬見の姿が、どんどん小さくなっていく。
瀬見の持った花火の儚い光が、少しずつ離れていく。
屋上に残された全員、慌てて来た道を戻りプールに向かって走っていった。
◇
ーーー暗い闇の中、何処からともなく、俺は逆さに落ちていく。
ーーー視界が180度ひっくり返っていて、視界に映るのはいつもと上下反対の校舎。
…本当に屋上から飛び降りる羽目になるとは思わなかったけど、いつもの夢とは一つだけ違うことがあった。
握っている線香花火の束は、パチパチと未だに燃えており、線香花火と思えない程激しく燃え盛っていた。
下を見ると普段見るよりもかなり大きな丸い月が、煌めく星々が、落ち行く先に見える水面に映っている。
ああ、あの時の夢と同じ。
だけど、あの何処からともなく聞こえてくるパチパチという音は、今瀬見の手の中で鳴っている。
瀬見には何故か、確信があった。
あの夢は、多分瀬見の未来を示唆していた。
きっと、瀬見は何かの強い力に抗えずに、夜の校舎、屋上から飛び降りてしまう。
仲間が助けに来てくれる、しかし送り火は彼らが持っていたのだ。
瀬見が持たないと、意味が無いのに、何度の夢も、瀬見は送り火を持たずに落下して、そのまま水面に叩きつけられて、きっと死亡してしまっていた。
音の正体が分からないのも当然だ、屋上で持っている花火なんか、落ちてる瀬見に見える筈も分かる筈も無いのだから。
だから瀬見は、未来を変えた、という確信があった。
「だから、怖くない。…どこの誰か知らねえけど、俺は絶対そっちには行かない」
美しい夜だった。
星は視界一杯に瞬き、大きな青い月が藍色の夜を照らしていて。
凄いスピードで流れていく景色と、変わらない空は、何度も夢で見た所為かゆっくり眺める余裕すらあった。
こんな美しい世界を、死なずに見ることが出来たのは僥倖かもしれないな、なんて。
そんなことを考えていたら、いよいよ地面、いや水面に到着したらしい。
バシャアン、という派手な音と、盛大な水飛沫が上がる。
跳ねた水が水上で激しく輝き、瀬見の体は水面に飲み込まれて落ちていく。
不思議なことに、水中にも拘わらず瀬見の持っている線香花火は今だに煌々と燃えていた。
水中に咲く花火は、酷く鮮麗としていて、瀬見は思わず目を奪われる。
夏の生温いプールの中で、瀬見は水面を見上げる。
何度手を伸ばして、そして届かなかった水面は、花火の灯りに照らされていていつもと違って暗くない。
どん、という衝撃を背中に感じて、このプールにはきちんと底がある事に気付く。
あの、恐ろしい棘のついた何かは無いが、しかし瀬見の意識が徐々にぼやけていく。
遠くなっていく水面に、薄れていく意識に、ああ、知ってる、この感覚は、だめだ、いきが、
「ッ、」
その瞬間、水の中にも拘わらず、瀬見の頬を花火がぱちりと焦がす。
痛みによってもう一度意識が戻り、瀬見は大きく背面を蹴りあげて水面に浮上した。
「っぷはぁ!」
漸く口いっぱいに酸素を吸い込むと、少し鼻から水を吸ってしまいゲホゲホと咳き込む。
塩素の味と、つんとした痛みに生理的な涙が零れる。
心臓に手を当てる、ドクンドクンといつもより早い鼓動が掌に熱となって伝わってくる。
大丈夫だ、動いている。
漸く脱力し、そのままぷかあとプールに浮かんだ。
浮力に従った体は、そのまま水面付近に漂っていく。
もう、プールにも、夜にも、夢にも、恐怖は無かった。
手に握っていた筈の線香花火も、気付けば何処にも無く、プールの底に落ちてたりしたら大変だと探してみても何処にも見つからない。
…水の中で燃えてたのも、花火を持ったまま落ちたのも、幻覚だったのだろうかと疑いたくもなるが、しかし瀬見の頬には確かに水中で負った火傷が残っていた。
ないものは仕方ない、と瀬見が割り切ったその時。
「英太君!!!!!!」
聞き慣れた声がして、ガシャンガシャンと乱暴な鉄の音がする。
天童達がプールの柵を攀じ登って降りる音だった。
瀬見は声を上げようとしたが、夜の学校ということを今更ながら思い出し、軽く片手だけ上げて振った。
生きていることを悟った天童が、生きてる!と全員に聞こえる程度の声で簡潔に告げて、あからさまに全員の力が抜けた。
プールに浮かんでいる瀬見を、一番に到着した牛島が引っ張り上げる。
じゃばぁ、と全身を水に浸して、頬に何やら火傷をしているが、それでも無事に生きているらしい瀬見を見て、牛島は心底安心したように抱きしめた。
「ちょ、若利、濡れる…!」
「そんなことどうでもいい…!お前が死ななくて、良かった」
「…ありがとな、若利」
瀬見も、流石に少しバツの悪そうな顔で微笑んで、それでも嬉しそうに牛島の背中に腕を回した。
「英太君の水揚げ終わったら早めに撤収するよ!バレたら流石にまずい!」
「あ、悪い天童」
「追及は部屋に戻ってからね」
「アッハイ」
瀬見は今だに裸足だしびしょ濡れだしということで、水揚げ中に思い切り濡れた牛島がそのまま俵担ぎにしてこっそり寮へ戻った。
風呂はもう流されているので、シャワーだけを浴びる(大浴場とは別にシャワールームがあり、部活で風呂に入りそびれたりした人用でいつでも使えることになっている)と、そそくさと元の部屋に入る。
軽くドライヤーで飛沫を飛ばして、やっと話す段階になった時には3時だった。
「…なあ、朝じゃダメ?」
「流石に駄目かな!寝れないよこっちは!」
「デスヨネー」
当事者のまさかの発言に天童が笑顔で拳を握ると、瀬見は渋々話し出す。
と言っても、瀬見も全て理解したわけではないので、途方もない何かが盆に混じってプールに居たこと、何故かは分からないが夢が自分の未来を予知していたこと、夢と現実の差異があればひょっとしたら生還可能なのでは、という発想と、天童の持っていた送り火(花火)の音が夢の音と同じと気付いたことから、送り火を持っていれば『送る側』として回避出来るかもしれない、と思ったこと。
そして、プールに落下してから、結局気味の悪い棘にも合わず、衝撃で死ぬことも、溺死することもなく、水中に咲く線香花火に助けられたこと。
奇想天外な瀬見の話を、それでも全員真面目に聞いた。
「…こりゃ、理解したらSAN値チェック入る奴じゃない?」
「アイデア失敗した方が良い奴…!」
天童と川西がぼそっと呟くと、瀬見が俺も思った、と真顔で頷いた。
実際瀬見は、多分最後まで『核心』には気付いてないのだろう、と牛島が言う。
だからこそ、知ってしまっていればもしかしたら無傷では済まなかったかもしれないという可能性に、全員瀬見が鈍くて良かった、と息を吐いた、普通に失礼。
「若利くんは核心を何だと思ってる?」
「…俺達は知らなくても良いことだと、思っている。実際、良く分からない何かの力が、俺達をあの場から拒んでいた。あんなことが出来る奴らが、碌なものとは思えない」
「なーる程、そういや工と若利君は嫌な感じするって言ってたもんね。…うん。俺もこの話はとっとと忘れた方が良い気がする。そういうことは、往々にしてあるもんだよ」
「ああ。瀬見も、今回はただひたすらに運が悪かった、災難だったが、気を強く持て」
「おう!それはそうと知ってたか?屋上から落ちた時の景色、滅茶苦茶綺麗だったぞ。あれだけならもう一回くらい見たい」
「おっと心を強く持つとかそれ以前の問題だったねこれ死にかけといてこの感想吐く奴の気が弱い筈が無いよね!」
思わず天童が頼むから命大事に、と瀬見にコンコンと語っていると、いつの間にか寝てしまった五色が布団に倒れ伏した。
「そろそろ寝るか?」
「…まあ、すぐ朝だろうけどね」
「俺、ここ最近ずっとまともに寝てなかったし…やっと、落ちる以外の夢が見れると良いけどなぁ」
「大丈夫。…悪夢はもう終わったよ」
天童の声が、優しく瀬見の瞼を落としていく。
元々寝不足気味で、話しながらもかなり微睡んでいた瀬見は、数秒で規則的な寝息を立て始めていた。
「俺らも寝るべ」
「明日は部活だしな!おやすみ!」
「…あれ若利もう寝てる!?早!」
「流石牛島さんです…ぐぅ」
「あ、白布も実はかなり眠かったな?????」
全員、五分も経たずに夢の中に落ちていった。
次の日、瀬見はぐっすり眠れた、とご機嫌で部活に臨んでいて、変な夢は見なかったか、と大平が尋ねると、大丈夫だった!と笑顔を見せた。
「昨日は良い夢みたぜ!なんか、すっごい良い天気の森を歩いてて、綺麗な湖に出るんだよ。で、俺はそこに入ろうとするんだけど、突然背後に出てきたお前らが俺の手を取って、向こうでバレーしようって誘ってくれて、俺はほいほいそっちに着いていって、いつの間にかバレーしてた!」
「夢の中でまでバレー!!!!」
どんだけバレーバカだよ、と聞いていた山形が笑いながら背中を叩くと、お前らと同じ位、と笑顔で返す。
天童だけ、英太君って時々とんでもなく豪運だよね、と意味深に呟くも、誰にもその発言を聞かれる事は無く、現実でもバレーしようぜ!と軽やかに走っていった。
…夏の暑い夜、あの世界で一番美しかった夜は、きっともう二度と訪れない。
終わり
ファンタジーみのあふれる情景を想像しながら楽しめそうなホラーを書きたかった嘘ですただ意識がぼんやりした瀬見さんが裸足て校舎を徘徊しながら最終的に屋上から落ちるところが見たかっただけです。
次のページに裏設定のようなものがあります、ホラー感が減りそうなので気になる方だけどうぞ。
いりあ
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