最近、旧校舎から『かえせ』って聞こえてくるんだって

夏のHQホラー祭り2020のHQホラーワンドロに参加させて頂きました。


本日のお題は『黄昏時』『廃校舎』『手紙』です。

しかしあんまり怖くならなかったすません。

おk?


ねえ、知ってる?

**

 伊達工業高校は、比較的歴史の長い高校である。

 コンクリート造りの生徒達が通う校舎は比較的新しく作られたものだが、武道場や体育館、部室棟等はとても古く、冬などは寒風が当たり前のように吹き荒ぶ為生徒達には不人気だった。

 バレー部である二口も、当然部室棟も体育館も良く利用するが、どうせ校舎を建て替えたなら体育館もやってくれればよかったのに、と思っていた。

 何でも校舎の方は雨漏りが酷かったのと、エアコンの普及の際にリニューアルされたらしく、それで校舎だけが新しいという少しチグハグな事になっている。

 真新しい校舎の真横に、古びた木製の部室棟が建っているのは、何となく面白おかしい光景ですらあった。

 リニューアルされる前、校舎は本館と別館の2つに別れており、本館に職員室や教室があって、別館に図書室や視聴覚室等があるような仕組みになっていた。

 しかしリニューアルの際に、本館の拡張で全部本館に移すことになり、結局別館だけはそのまま古い状態で残っており、今は殆ど誰も使わない。

 普段余り使わないような教材の置き場となっているらしい。

 完全に扱いが廃校舎だが、入ろうと思えば誰でも入れる為、一度不審者が籠もるという残念な事件があってからはしっかり鍵が取り付けられた。

 だから、イタズラで生徒達が入り込んだりも出来なくなっているにも関わらず、何故か最近一つの噂が流行っていた。


「はあ?廃校舎にお化けが出る?」

「なんか最近すげえ噂になってるッスよ!廃校舎と部室棟が近いから俺ちょっと不気味っス」

「お前いい歳してお化け信じてるのかよ…お前のでけえ図体じゃお化けも裸足で逃げ出すわ」

「えー!二口先輩だって大きいじゃないッスか!!」

「お前程じゃねえから。ていうか誰も入らねえのにどんな噂だよ」

 バレー部の部室棟で、黄金川が何やら憂鬱そうな顔をしてたので声を掛けたら上記の回答を得た二口は、それでも一応話の内容を尋ねてみた。

 二口自身は案外噂を信じないタイプだし、お化け(笑)な性格なので、着替えが終わる迄の暇潰しという感覚だが。


「なんか、鍵が掛かる前に廃校舎で自殺した霊が居るらしくて。首を吊って死んだらしいッスよ」

「ふーん、余りにも定番過ぎて面白みもクソもねえな」

「そんで、でも、そいつは死んだ自覚が無くて…部室棟近いじゃないッスか、夕方頃、部活帰りの生徒に『こっちへおいで』『かくれんぼしよう』って呼びかけてくるらしいんス。呼ばれた生徒は、行きたくないのに勝手に足がそっちへ向かって」

「…自殺しといて死んだ自覚無いってどういうことだよ。つうか呼ばれても行けねえだろ鍵あんだから」

「それが、確かに鍵が掛かってる筈なのに、ドアが勝手に開いて入ってしまうらしいって。で、その霊を目撃したらもう戻ってこられないってもっぱらの噂ッスよ」

「いやいや戻ってこられないのにどうしてその話が広まるんだよ」

「まあそうっすけど…例えばその霊が広めた、とか?」

「…わざわざ自分のことを喧伝して回る幽霊新しいな…!つか、それでなんでお前がそんな渋い顔してんだ?行かねえなら別にお化け屋敷でも何でも良いだろ」

「いや、俺と同じクラスの奴が廃校舎に入ったらしくて。鍵を壊しちゃったらしいんス」


 黄金川曰く、所謂不良的な生徒達がこぞって夏だし肝試しでもやろうぜ、なテンションで廃校舎へ行き、バールの様なもので鍵を壊して侵入したらしい。

 彼らは何事もなく戻ってきたが、それからというものの前述の噂がまことしやかに囁かれる様になったという。

 黄金川は、実に嫌そうな顔でぼそりと呟く。

「何か、嫌なものでも解き放ったんじゃないスかね?…ばあちゃんに昔から良く言われてるんスよ。世の中、何にでも理由がある、例えば何かを閉まって開けてはいけないと言われているのなら開けてはいけない理由が必ずあるって。人智を超えた何かだって、知らないだけで普通に存在してるからって」

「お前おばあちゃんっ子だよな…。まあ言いたいことは分かるけどな。先人の言葉はちゃんと聞けってこったろ?」

「はい。噂が流行りだしたのと、鍵を壊したタイミングが同じなことが、俺はちょっと怖いッス」

「…ま、あんまり気負いすぎるなよ。近寄らなきゃ良いだけだし。帰る時だって、何人かで帰れば平気だろ?」


 割と本気で怖がってるらしいと思った二口は、彼にしては珍しく素直に慰めの言葉を送る。

 黄金川は、やっぱり先輩は優しくて頼りになるなあ、と尊敬の眼差しを向けた。

「二口、」

「ん?どうした青根」

 すると、たった今やってきたばかりの青根が、とても言い辛そうに二口に小さな手紙を渡す。

 手紙というよりは最早メモのそれは、二口のクラスの副担任からだった。

 曰く、出張で昼過ぎから出なくてはならないから、日直である二口に明日の授業で必要なものを取りに行って欲しいということがしたためてあり、二口は分かりやすく眉根を寄せた。

 貰った手紙を雑にポケットに突っ込んで、仕方ねえからからちっと行ってくるわ、と呟いた二口に、青根が言う。


「…鍵も預かっている。…俺も行く」

「マジ?俺一人でも別に」

「…重さはお前なら余裕だと思うが、一人で運ぶには少し多いと思う。お前が往復するより二人で一度で終わらせた方が早い」

「それもそーだな」


 その必要なものは、所謂実験セットのようなもので、重量はそうないが、結構嵩張る。

 オマケに新校舎ではなく、廃校舎の中に置いてあるのだ。

 鍵まで渡されてるので間違いない、つい先程お化けがどうとかと話していた廃校舎へ行かなければいけない。

 なんてタイムリーな、と二口が思わず言うと、黄金川が心配そうに二口を見た。


「大丈夫だって。ぱっといってさっと帰ってくるから先に部活始めてろ。俺と青根も終わったらすぐ戻る」

「ッス。気をつけて行ってきて下さいね」

 心配無用とばかりにひらりと右手を振って、二口は足取り軽く青根と共に部室を出ていった。


 廃校舎の入り口に着いて、鍵を開けようとすると、錠前は完全に破壊されており、地面に落ちていた。


「そういや黄金のクラスに奴が壊したって言ってたな…鍵意味無かったわ…」

「…」


 早速用無しになった鍵を仕方なくズボンのポケットに仕舞い直し、そのまま校舎の中に入っていく。

 夕方ではあるが、夏でまだ結構日も高く、ほんのりオレンジ色に薄汚れた木造建築が照らされる。

 元は上履きに履き替える場所ではあったが、新校舎が出来てからは土足で入っても良い事になったらしい。

 そのうち取り壊すから、という理由らしいが、上履きでここを歩いた後に新校舎へ戻れば足跡だの土跡だのが派手に付くから仕方なくなのだろう。

 二人も当たり前のように土足のままミシミシと音を立てる廊下を歩く。

 用があるのは、旧実験室で、そこに置いてある実験セットを持ち出して新校舎の教室に持っていけばいい。

 旧実験室は二階にあるので、二人は階段を登っていく。

「ここの階段超ミシミシ言うからそのうち割れそうで危ないよな。俺と青根二人分の体重支えられんのかよって」

「…」

「いやまあ、支えて貰わねえと困るけどさ。良くあるじゃん?ゲームとかで廃墟に探索して階段壊れて出られない〜みたいな」

「……」

「フラグじゃねえよ!まあでももし壊れてもスマホで学校に連絡するか窓から飛び降りればワンチャンあるんじゃね?二階位なら死なねえし」

「…」

「冗談だって!やるわけねえじゃん怒るなよー!」

 一見二口が一人で喋っているようにしか見えないが、普通に意思疎通出来ているらしく他の人間が見たらナニアレ状態のまま二人は実験室に到着した。

 ここまで一切何事もなく、実験セットを手にして、さあ戻ろうぜ、と二口が振り向いたその時。


「青根?」


 つい数秒前まで居た筈の青根が居なくなっていた。


 青根は変なイタズラをするような人間ではないし、二口をからかったりも余りしない。

 よって即座に何か遭ったのでは、と判断した二口は実験室を飛び出した。


「…はあ!?」


 先程まで確かに夕刻であった筈の旧校舎の中は暗く、まるで夜の様で。

 ハッとしてスマホを取り出すと、画面が固まって動かない。

 時間は、此処へ来る前に見たものとそう変わらないけれど、その時間が時を刻むことはなかった。

 何かヤバイものに巻き込まれた?


 二口は、取り敢えず持っていかなければならない実験セットを持って玄関へ走る。

 玄関に手を掛けるが、扉は開かない。

 何より、外に見える風景が、夜の闇にしては暗すぎる黒で、たじろいだ。


 真っ暗なのはまあ百歩譲って良いとして、暗すぎて景色が塗り潰されるなんてあるか?と。


 それに、この辺りは少ないとはいえ街灯だって置いてある。

 真っ暗の中でそれが光らないのもおかしな話だった。


 いや、明らかな夕方の体感時間でこうも真っ暗な事自体十分おかしなことなのだけれど。

「…よく分かんねえけど、取り敢えず青根だな。青根探さねえと!あいつあれでも結構怖いの苦手だし」

 二口はそのまま玄関に実験セットを置いて、青根を探しに再び校舎の奥へと走り出した。

 ミシリギシリ、と走る度に浮かび上がる埃と足音に顔を顰めながらも、青根、何処だ、と叫ぶ。

 青根だって二口を探しているに違いないという確かな自信がある二口は、一部屋一部屋ドアを開けて中を覗いていく。

----なんか、鍵が掛かる前に廃校舎で自殺した霊が居るらしくて。首を吊って死んだらしいッスよ


 来る直前に交わされた、黄金川との会話が思いだされる。


 こういう不安な時、どうしても嫌な想像ばかりが膨らんでしまうのだ。

「~~~ッ俺に黙って青根を呼び寄せるとか、いい度胸じゃねえか」

 自らを奮い立たせるかのように、わざと大声でそう言い放ち、次のドアを開いた。


 ドアプレートには、煤けた文字で資料室、と書いてある。

 

----何の変哲もない、唯の資料室の筈だった。

----天井から垂れる紐、ぶらん、と左右に揺れる影。


 ドアの向こう側を向いて、縊死した人間が、だらりと垂れた手足が、二口の目の前で揺れていた。

「ーーーーーッ!!!!!!!!!!!!」


 本当に驚くと声が出ないというのは本当だったらしく、二口はその異様な光景を前に無言で立ち尽くすしかなかった。


 此処はおかしい、何もかも、変だ。


 ずさ、と小さく後ろに後退りすると、何かにぶつかる。


 ほぼ反射で振り返ると、黒く塗り潰された様な人間が真後ろに立っていた。


 絵の具で人間を真っ黒に染めたらこうなるだろうというような異常な風貌に、二口の喉が小さく鳴ると、口元らしき場所がにっこりと赤く開く。

----かくれんぼ、しよう

----あなたがおにね

 黒い影人間は、そう囁くと、そのまま軽やかに消えてしまった。

 

 思わず二口がへたり込みそうになるが、しかし、何かをどうにかしないと此処を出られないのは確かだった。


「~~~っくそ、わけわかんねえ…!!青根何処だよ…!!!かくれんぼって、一体何を、」


 探すんだ、と言いかけた時、背後でぶちりという音がして、その後、ドシャ、という音も続いた。


 考えるまでもなく、縊死していた死体が落ちたのだろうし、心底振り返りたくないと思ったが、多分これ振り返らないと色々詰む気がする、と渋々後ろを向いた。

 重力に任せ、落下した死体の顔がこちらを向いていた。

 

----二口の顔、だった。

 

「…んだよこれ、まさか、そのかくれんぼとやらに勝たないと次はお前がこうなる番だ的な」


 短時間で色々有り過ぎて逆に少し落ち着いた二口がそう言いながら、自分の死体をじっと見つめる。


 かくれんぼで、二口が鬼だと言った。


 何かを、探さないといけないらしい。

「でも探すったって何を、」


 そこでふと、思い出す。

 黄金川の言葉を、頭の中でもう一度反芻した。


「自分が死んだことに気付かずに…引き込むんなら…死んだって気付かせてやればいい…?でも、どうやって」


 落ち着け、慌てるな、冷静に、理知的に。


 こんなものに、理論が成立するか怪しいが、取り合えず二口はそう唱えながら必死に糸口を探した。


「…俺の、死体。こうなるぞっていう合図なら…そいつも、そうだった?首を吊って死んだってことで、しかもそれに気付いてないなら…そいつ自身の遺体を探して、見せつけてやれば気付くか…?」

 でも、いつの事件かもわからないし、遺体が回収されていたらそれまでだ。


 ここが普通の世界と違うということで、その霊の深層心理、記憶を基に出来ているなら、或いは。


 遺体でなくとも、『死んでいる』のだとはっきりと自覚させさえすれば。


「もたもたしてても仕方ねえ、取り合えずそれっぽいもの探すか。つうかこれなら黄金にもっと詳しく聞いとくべきだったなー、あいつやたら怖がってたし野生の勘って奴かね…うちはゲスブロじゃなくてリードブロックなんだけど」


 二口は大声でそう呟きながら資料室を出て、片っ端からドアを開いていくことにしたのだった。

 ヒントがない以上、数打ちゃ当たるに賭けるしかないと思ったが、ふと気付く。


 ここは、廃校舎だ、嘗て教室以外の教室が纏まって在った別館だ。


 つまり。

「図書室…!!!図書室なら、昔の事件の新聞とか、置いてるんじゃ、」

 もしそれで死亡場所なんかが分かれば捜索がかなり楽になる。


 確かに夕方だった筈が真っ暗のこの建物で今が何時かも分からないが、捜索は早いに越したことはない。


 そうと決まればと二口は暗い校舎を迷いなく進んでいった。


 図書室の本は古いものばかり残っており、案の定暗い部屋をスマホで照らして伺う。

 幸い、新聞のバックナンバーはある程度昔のモノが残っており、ホッとしながら二口はそれらをガサガサと漁りだす。

 伊達工、自殺、という点を中心に暫く黙々と新聞を斜め読みしていると、気になる記事が見つかった。

 下校途中の女子生徒を突け狙う不審者がおり、女子生徒は一番近くにあった建物、則ちこの別館に逃げ込んだ。

 不審者も当然後を追いかけて来て、暗い校舎の中でずっと追いかけられる恐怖に、女子生徒は首を吊って自殺をしてしまう。


 そんな小さな記事だった、犯人は余罪は色々あれど取り合えずは自殺教唆と言う事で捕まったらしい。

 


「場所は………一階、理科室」

 理科室は、出口に一番近い教室だ。


 もう少しのところで、もう助からない、殺される位ならいっそ、ということだろうか、と二口は記事を見ながら考える。


『ううん、わたしはじさつなんかしてない』


「!!!!!!!」


 突然耳元で先程聞いた声がして、慌てて振り返る。


 そこには、姿は見えないものの、黒い影がぬっと立っている、様に見えた。


「お前、」


『くびをつったらじさつ、なのかな。…わたしは、あいつにころされたのに』

 淡々と、淡々と響く声に、二口は冷たい汗を流す。

 


『あとちょっとだったのに。あとちょっとだったのになあ』

「お前、死んだって、分かってたのか…?」

『あたりまえじゃない。…あんなの忘れられない。…鬼ごっこだとか楽しそうに叫ぶ様も、捕まえて、馬乗りになって暴れる私を見下ろす顔も』


 どんどん言葉が明白になっていき、黒い体がぼんやりと少女の形を成していく。


 瞑目して、鬱血痕のついた首を隠しもしない青白い顔の少女が、二口の前に現れる。


『自殺って片付けられたから、私の体は全部調べることもなく焼かれた。…私の大事なものは奪われたまま』


「!!」


『この校舎はその後すぐに廃校舎になっちゃったから、誰にも探して貰えないの。偶に、勝手に入る子達にお願いしてみたりもしたけど、皆パニックを起こすだけで五月蠅いから直ぐに追い出しちゃった』


「…かくれんぼって言ったよな。お前を探すんじゃなくて、お前の奪われたものを探せって事なのか?」


『そう。…別に、見つけられなくても貴方の事はちゃんと帰してあげるつもりだった。こんなところに囚われるのは、私だけでいいし』


「…でもあの俺の死体は、ただの嫌がらせだろ。探してほしい相手にやることじゃねえと思うけど?」


『その口ぶりなら気付いてるんじゃない?…あいつも、此処に居る!!私を殺したあいつも、死んでまで!妄執的に!!わたしをずっと探してる!!!!!わたしと二人でずっと終わらない鬼ごっこをする為に!!だから、邪魔な貴方を怖がらせて追い出そうとしてた』

「…成程ね。…なあ、大事なものとやらを見つけたら、お前は此処から出られるのか?」

『そう。私はそれが取り換えせれば、成仏出来る。見つけられない限り出られない。だけど、私には探せない』

「なんでだ?」

『奪われたもののせい。私は奪われたからその名を口に出せないけれど…どうか、お願い。わたしの  を…!!』


 そこまで言ったかと思うと、彼女はふっと消えてしまう。


 何が奪われたのか分からないが、彼女が今消えた理由を二口は考える、


 この場に二人の霊が居て、鬼ごっこをしている。


 彼女は追い掛けられる側だった、急に消えたという事は。


「鬼が、来る…!!?」


 そして、嫌な予感というのは割と当たるものだ。


 ひひひ、ははは、あははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!


 耳障りな哄笑が廊下ら聞こえてくる。


 即座に二口は図書室の受付カウンターの下に潜り込んだ。


 何かが、からからと図書室のドアを開ける。


 何かは、楽しそうに、厭らしい笑い声を伴って、図書室の中をうろついている。


 早くいけ、どっかいけ、と必死に祈りながら二口は身動ぎ一つ取らずに隠れていた。


 
 笑い声が少しずつ遠くなり、やがて音が止んだので、行ったか、とほんの少し力を抜いてへたり込んだ。

『ミィツケタ』

「-------ッ!!!!!!!!」

 へたり込んで、顔を上げた二口の眼前に、カウンターの向こうから身を乗り出して逆さの状態で覗き込む、ニタニタと醜悪な笑みに染めた顔が現れた。

 ヒュ、と一瞬息が止まりそうになる、男の顔は歪な形で、笑みと呼ぶにはその表情は余りにも悍ましい。

 やばい、どうする、みつかった、ころされるのか。

「~~~~こんなところで、死ぬわけにゃいかねえんだよ!!!!!!!!!!」

 ゴヅン、と重たい音がした。

 …というか、そう、男の顔は目の前にあるのである。


 二口がおおきく振りかぶった自分の顔を、というか額を男の顔に叩きつけるのは実に容易だったと謂わざるを得なかった。

 男も此処でまさかの頭突きは予想してなかったらしく、ぐらりと体制を崩して二口が潜り込んでいる方側に落下した。

 二口はすかさず蹴りを入れて、自分はカウンターの外へ飛び出す。


 今度はもう、行先だけは決まっている。

 真直ぐに理科室へと二口は走った。


 どう考えても没??年のオッサンより現役男子高校生(バレー部)の方が速い!と決めつけた二口は追い付かれるなんて考えもせずに全力で走る。

 実際男の霊は未だ図書室付近の廊下でモタモタしていたのでその想像は割と当たっているのだが。


 ともあれ二口は理科室へ飛び込み、時間稼ぎくらいにはなれよ、とガッタガタの鍵を掛ける。

 


「奪われたって、何だ…?」

 奪われたものに対してのヒントはほぼ何もない、と二口は思っていた。


 何も聞いてないし片っ端から探しても見つかる気がしない。


 瞑目して、常に諦観を纏ったような、悲し気な顔の少女を思い出す。


「…いや、待てよ。見つけられないって言ってたか?…本当なら自分で見つけたい筈なのに、それが出来ない、奪われた所為で?」


 暫し、黙り込んで、そして、二口は成程な、と溜息を吐く。


「こりゃ探すの億劫だわ」



 ミシ、ミシリ、と木造建築の軋む音がどんどん大きくなっていく。


 二口は探しものを必死に探していた。


 何を奪われたかは大体分かったが、何処に隠されてるか迄は分からない。

 だけど、犯人が捕まって、自殺と片付けられたのだとしたら、現場からそう遠くへは隠せない筈だ、と考えた。


 だから、彼女の殺されたこの場所を必死に、必死に、必死に、

『ココカァ…?』


 がた、ごと、と。

 鍵を閉めた理科室のドアが揺れる。


 二口は焦るな、焦るなと自分に言い聞かせながら、理科室の引き出しを一個ずつ開いては中身を検める。


 隠し物、自分が犯人だとして、どう考える。

 彼女を自殺に見せかける為にロープで首を絞めて、そのロープで吊り上げてあたかも自殺で縊死したかのように見せかけた人間だ。


 …そんな彼女にしか、目がいかないだろうな、と、考える。


 部屋の中心でぶら下がる人間が居たとして、その時部屋の隅々の引き出し迄一々全部確認するのだろうか。


 確認したとして、その違和感に気付けるのか。


 奪ったものを、隠すなら。


 此処に在って当たり前と言える場所なら。

 木を隠すには、森の中、というように。


「っこれか!!」


 二口は、理科室の中にあるドアから、理科実験室へ抜ける。


 逃げる為じゃない、奪ったものを取り返す為に。


----ホルムアルデヒドに漬けられた資料の棚を、片っ端から確認していく。

 人体の内臓が漬けられた瓶を確認していく、探し物はこの中にあると確信した。

 此処は高校だし、漬けられた内臓の殆どはきっと作り物の模型なのだろうけど。

「…あった。…なあ!!!!かくれんぼは、俺の勝ちだ!!!!!!!!」

 二口は、一つの瓶を高らかに掲げる。


 人体の目玉が、四つ入ったその瓶を!!!!!


 他のホルムアルデヒドは全部一人分しか入っていないのに、これだけが二対だった、つまり。


 男は少女の目を抉って隠していたのだ、この、理科準備室のホルムアルデヒドの中に紛れさせて。


 これは見つからないだろう、そして、目がない少女は、自分の目を探すことも出来なかった。


『ありがとう、これで、これでやっと、わたしは…』


 その声と同時に、二口の居る部屋のドアがバン、と開く。


 男が理科室のドアをぶち破り、血相変えて飛び込んできたが、しかし。

 

「もうおせえよ」

 最後にせめて、そうニヒルに笑って見せると同時に二口の意識はふっと消えた。

 


「二口、二口!」


「…あおね?」

 二口が目を覚ますと、玄関付近の廊下で倒れており、それを不安げに見つめる青根が居た。


 世界は相変わらず黄昏時でオレンジ色に輝いていたし、スマホは正常に動いている。

「戻って、きた…?」


「…荷物を、」


「あ、青根、俺何してた…?」


「荷物を、急に落としたかと思えば、突然此処迄走ってきて、いきなり倒れた」


「…マジ?」


「ああ。先生を呼ぼうとしたが、お前の手が俺の服の裾を掴んで離さないから、傍に居た方が良いのかと。幸いただ眠っているだけに、見えたし」


「…サンキュ、青根。…信じらんないかもしれねーけど、俺の話を聞いてくれるか?」

 二口の少しだけ震えた声に、勿論、と青根は力強く頷いた。


 そして、二口の話を全て聞いた青根は、驚いて、でもお前が言うならそうなんだろうとあっさり信じた。

「でな、青根。俺、」


「分かっている。理科準備室へ、行こう」


「…ああ」

 その後、二人は素早く学校に連絡、理科担当に急いで来て貰って、準備室にあるホルムアルデヒドを確認して貰った。


 四つの目玉の入ったそれは、当初二つしかなかった筈で、きちんと調べた結果、本物の瞳であることが確認された。

 かの事件を知っている先生もそれなりに居たらしく、慌ただしく彼女の遺族、警察への連絡が行わるのを見て、やっと家に帰れるな、と二口は誰にも聞かれない様に呟いた。


 …因みに当然ながらどうしてこれを?と聞かれたが、実験セットの場所が良く分からなくて最初理科準備室かと思って探してたらこれを見つけて、他がワンセットなのにおかしくねって話してまして、なんてペラペラ並べて誤魔化した。

 ついでに鍵が壊されている旨も伝えたので、今日以降は防犯対策も兼ねて立派な電子錠が付けられることになったので、誰かが簡単に入り込むのも難しいだろう。


 二人はその後、頼まれていた実験セットを言われたとおりに運んで、バレー部の部室へ戻った。

 他は全員体育館に行っているらしく、二人も即座に着替えて向かう。


 二口があの暗い校舎を彷徨い歩いた時間は、どうやら現実世界ではたった十分程の出来事だったようだ。

 漸く、いつもの日常に帰ってきた。

 二口も青根も、いつもの様に腹から声を出しながら体育館のドアを開くのだった。



 翌日、二口が登校して、朝練前にトイレに行った時のことである。

 手を拭こうとポケットに手を入れ、ハンカチ忘れた、と気付くと同時に昨日副担任から貰った手紙が入れっぱなしだったことに気が付いた。

 このまま洗濯出したら母ちゃんにぶっ殺されるところだった、と慌てて手紙を取り出して、目を見開く。

 

『お前の所為でお前の所為でお前のセイでお前のお前のお前のお前の所為でお前の所為で許さないゆるさないゆるさないゆるさない許さないユルサナイゆるさないよくもよくもお前の所為でお前の所為でせいでお前の所為でお前の所為でお前の所為でせいでゆるさないゆるさない許さないユルサナイ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ』


 小さな白い紙の、白い部分が殆ど見えない程に真っ黒に、そんな言葉で、恨みで、呪いで、埋め尽くされていた。


 少女をずっと閉じ込め、追いかけ、いたぶり続けた、あの男の言葉に違いなかった。

「ッハ!!!知らねーよバーカ」


 二口は、鼻で笑うと紙をそのまま細かく千切ってトイレに流す。


「せんぱーい!!!!部活行きましょ!!!!」

「………」


「おう、黄金、青根、直ぐ行く!」

 今日も、旧校舎には、たった一人取り残されたあいつがいるのだろう。


 だけど、二口にはもう、どうだっていいことだった。

 もうどうせ、こんな程度の嫌がらせをすることしか出来ない奴なんか、怖がる理由は彼にとっては一つも無かった。


「ッシャアお前ら腹から声出せ!!!!!!まずはランニングから!!!!!」


「「「「ゥオスッッ!!!!!!!!!!!!!」」」」


 今日も伊達工バレー部は、元気一杯外へ駆け出していった。

 


終わり


セーーーーーーーフ!!!!!!!!!!!!

結構ギリギリだった。

ワンドロ出来れば毎週やりたいなあ、毎回違うキャラにスポット当てたいな!!

いりあ

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