巷で噂のあの病気 - 2/2

「え、相棒休み?」
「おー、なんか気分悪いから休むってさ」
「は!? 大丈夫なのか!?」
「それが返信来ねえんだよな」

 珍しく教室に相棒がいない、と気付いて近くにいたタクヤに聞いてみれば予想外な返事が返ってきた。
 やたらめったら頑丈で、風邪も引かないし怪我してもすぐ治る相棒が喧嘩の傷以外で学校を休むとか初めてじゃないか?

「返信が来ないってさ、なんか巻き込まれてんじゃねえよな?」
「まさか~! って言いにくいんだよな前科が多すぎて」
「あー……」

 何せ犬も歩けばレベルで事件やら喧嘩やらに巻き込まれる生粋のトラブルメーカーだ。
 俺が一緒にいればいつだって背中を守ってやるけど、いない時に何かあったんじゃどうしようもない。
 本人は無自覚だけど、かなりの巻き込まれた体質でもあると思うし。

「俺、帰りに相棒の家行ってくる」
「おう、マジでただ具合悪いだけだったとしてもお見舞いにはなるしな」
「返事来るかわかんねーけど、一応欲しいもんねえかとかメールしとくか」

 結局、普通にめちゃくちゃ心配だから帰りに家に寄ろうと決意して、いつもより静かな一日を送ることになった。
 いつも一緒に悪ふざけして笑いあう相棒がいないとどうにもこうにも落ち着かない。
 ……単純に、好きな子が居ないと寂しい、というのもあるけどな。
 とりあえず、また目を離した隙に謎の事件に巻き込まれて瀕死、とかじゃないことを祈ろう。

 放課後。
 送ったメールに返信が来なかったので、俺はコンビニでお見舞いの品らしいもの……プリンとかアイスとか、スポドリなんかを買って相棒の家に向かった。
 返信が来ないのも普通に心配だな、大丈夫かあいつ。
 スマホを見る余裕がないほどしんどいか、そもそもスマホを見れる状況じゃないか、単純にぐっすり寝てて気付いてないかだと思うけど、それなら是非三番目であってほしい。
 そろそろ真剣に不安になってきた俺だったが、意を決して相棒の家にお邪魔した。

「相棒いるかー? お見舞いに来たぞー」
「げっ千冬!? なんっ、げほげほっ!!」
「げっつったか今。じゃなくて咳すげえな風邪か!?」

 いつもなら部屋にノックもせずに入るけど、流石に今日はノックした上で声掛けもする。
 するととりあえず生きているらしい声は聞こえたけど、あまり俺の訪問は喜ばれていないらしいことがわかり若干傷ついた。
 咳が凄いから移したくない、とかそういうあれかもしれないけど。
 なんにせよ、これは本当に体調不良だな。カチコミされたとかじゃなくて良かった。
 だと分かれば、気分悪い人のところに長居するのは良くないだろう。

「だるそうだし、お土産だけ置いたら帰るわ」
「あ、待って千冬開けるの待っ、」
「……」
「……」

 扉を開けた瞬間に見えた景色は、俺の思っていた景色とは全く違うものだった。

 花。花。花。
 色とりどりの花々が零れ落ちたベッドで口元を抑える相棒の姿に驚かない奴なんかいるんだろうか。
 俺は花の種類に詳しいわけじゃないけど、それでもたくさんの花達が相棒の周りを囲む様々な花がありとあらゆる種類であることくらいはわかる。
 明らかに季節感のない、四季折々の花。
 流石の俺も、コスモスとネモフィラが同じ時期に咲かないことくらいはわかるぞ。
 買ってきて飾ったにしては不自然なほど瑞々しいということも。
 今さらながら俺が来たことに対してげって言っていた理由はもしかしなくてもこれだろうな。
 つーかナニコレ。

「……相棒、これは」
「いやなんかよくわかんないんだけど昨日の夜から急に花が、っげほ」
「相棒!?」

 目の前で豪快に咳き込んだ相棒の口からはらりと花弁が舞う。
 え、まさかの相棒産!?

「お前……いくら食うもん無かったからって花とか食うなよ!! 頼めば俺が飯くらい買ってくるのに!!」
「ちっげーーーよバカ!! 俺が花を自主的に食ってリリースする変態みたいに言うな!!!!」
「いやでも他にどうしたらそうなるんだよ」
「俺も説明は出来ないんだけど昨日の夜から急に花吐くようになっちまって、っげほげほ」
「いやさっさと救急車呼べよ!!」
「なんて説明すんだよ……いや治まるかもしれないしと思って様子見てたら部屋が花屋さんみたいになったっつーわけだな」
「流石にここまでなる前に救急車呼ぶだろ!! つーかどんな症例だよ!!」
「さあ……?」

 俺の相棒の危機感は今日も死んでるようだった。なんてこった。
 とりあえず死んだりはしなさそうだけど、吐くのを続けていたせいかあまり顔色は良くない。
 調べる気力もなかったのかもしれねえし、俺が調べるかとスマホを取り出した。

「うっ、っおぇ」
「おい大丈夫か!? バケツいるか!?」
「っやば、でかいのくるでかいのくる、ッ」
「いやいやいやひまわりそのまま出すのはやばいだろ!! ちょ、相棒大丈夫か!? 顎大丈夫か!? 息出来てるか!?」
「おぼろろろろろ」
「ダメそう!! ちょ、ハサミどこだーーー!?」

 どうなってんだよお前の体、と突っ込むより先にひまわりを喉に詰まらせて窒息死しそうな相棒を助けるためにハサミでじょきじょきと花を刻んでいく。ひまわりを喉に詰まらせて死ぬってどういう死因だよ。つーかでけえよ。せめてミニひまわりくらいにしとけよ。

「相棒しっかりしろ!!」
「うぅ……俺はもうだめだ……多分そのうち妖怪花人間とか言われて見世物小屋に連れてかれて笑われながら生きていくんだ……」
「めちゃくちゃネガティブになってる!!! 落ち着け!! 大丈夫だ俺が絶対助けるし万が一妖怪花人間になっても俺はお前の相棒だ!! 絶対ひとりになんてしないからな!! 俺は隣で葉っぱとか吐いてやる!」
「千冬~~~~!! ゲホぉッ」
「あっカーネーション!!」

 スマホで検索しつつ、花をゲロゲロしている相棒の背中を摩っていると、とある記事が目に入る。
 花吐き病、というあまりにもそのまま過ぎるネーミングの病名に、相棒これじゃね、と二人でそのページを覗き込んだ。

「何々……片思いを拗らせると稀に感染する病で、相手に対する気持ちが花となって零れだす!? なんだその妙にお耽美な病気!! つーかこの写真だと零れてるの小さめの花か花弁とかが多いのに何で俺の相棒は花の首(?)ごと出してんだよ」
「千冬見てくれ、とうとう茎っつーか萼も出た」
「アジサイ!! お前よくそれ口から出たな!?!」
「とりあえずオボロロロ治まったら花瓶買いに行かなきゃだよなオボロロロ」
「お前のその余裕は何?? 進行形で吐いてんだから大人しくしとけ! っつーか相棒片思い拗らせてんのか!?」
「オボロロロロ」
「くそっ!! 誤魔化してるのかガチで吐いてんのかわかりづれえ!!」

 話がしたいのに止めどなくゲロる花のお陰でそもそも話にならねえ!! なんだこれ!!
 相棒は吐き疲れたのか青白い顔で、結局その花吐き病ってどうしたら治るんだよ、と息も絶え絶えに聞いてくる。だいぶお疲れだ……!! 可哀相に……!!

「えっとなー……恋が成就したら白銀の百合を吐いて完治するって書いてあるわ!」
「マジで!? 終わった!!」
「終わったのか!? まだそうとも限らねえだろ!!」

 相棒があまりにも真っ青な顔をするため、いったいどんな人間に片想いを拗らせているの気になってきた。
 ていうかこの流れだと俺普通にフラれたのでは?
 なんかさっきのページに花に触れたら感染するって書いてあったんだけどその場合俺こそ永遠に花を吐き続けることになるじゃねえか。怖すぎる。
 頼むからまだ感染してくれるなよ、と願いながら相棒に諦めんなよと諭してみる。
 いや、心にもないけども。相棒が知らない男のことを好きだったとか今この瞬間俺が発狂したいまであるけど。
 でも、愛する相棒がこのまま花を吐き続けているのを見るのは流石に嫌だ。
 誰かへの溢れる思いが可視化されるのがこんなにキツいとは思わなかった。
 相棒のほうがキツいだろうから、俺は絶対にそんなの悟らせはしないけど。

「だ、っだって、むり……げほ」
「いやいやいや言うだけ言ってみろ!! 俺にも協力出来るかもだし!」
「~~ッじゃあもっとダメだぁ……」
「なんで!?」
「お、おれの好きな人、ッげぇ、やさしい、けど」
「うん!?」
「っやさしいから、同情ですきって言わせたくないぃ……ッげほっ!!」
「相棒、」
「目の前で、花をげーしまくる女とか、ッ好きになれるわけねえじゃんか、っぉえっ!!」
「……ん?」

 今、なんて?
 目の前で花をげーする女、多分今この世に相棒しかいねえよな?
 そしてそれを見てる奴も、多分この世に俺だけのはず。
 つまり、これは。

「よかったな相棒!! 治るぞ!!」
「ッは!?」
「安心しろ、俺はお前が目の前で花を吐こうが食おうが大好きだし、嫌いになったりしねーよ!」
「……え?」
「あー良かった俺で!! マジで!! 他の男だったらどうしようかと思った!!」
「…………っん?」

 心の底から安心した俺は、未だ花を吐き続けるその唇にキスをする。
 あ、すげえ花の香りする。
 ファーストキスはどうやら花の味らしい。

「同情じゃねーぞ、念のため」
「~~~ッ千冬、」
「あ、百合ってこれじゃね!?」
「!!」

 唇を離してにっと笑って見せると、相棒の口から一凛の百合が零れ落ちる。
 白銀のそれがぱさりと床に落ちてから、相棒の体は嘘のように静かになった。

「あ、は、吐き気がない……!!」
「落ち着いたか、相棒」
「どうしよう千冬」
「ん?」
「両想いなことに喜びたいのにとりあえず花をゲロゲロしなくて良くなった喜びがでかすぎて打ち消される……!」
「正直それはもう仕方ないと思うわ……でもちょっと切ねえから後で改めて両想いなことには喜んでくれ」
「わかった! しかし口から花が出ないって素晴らしいな……あと、なんだ、来てくれてありがと、千冬」
「!」
「お前居なかったら多分一生妖怪花人間だったし……助かったよ、本当に」

 ほっとしたように微笑む相棒が世界一可愛くて、俺はそれだけで両想いへの喜びが花吐きストップの衝撃に負けたとしても全然許せる。
 いや実際あんなでかい花吐いてたら死ぬかもしれねえし、治って本当に良かった!

「……で、どうすんだよこの花」
「まとめて燃えるゴミかな」
「俺への想いをゴミにまとめようとすんな!!」
「だって流石に邪魔すぎるし……感染がどうとか書いてたじゃん」
「わかった、じゃあ俺が全部持って帰る! 俺はもうお前と両想いだから感染することはないし、俺へのお前の気持ちは全部欲しいし!!」
「俺が吐いたやつだよ!? ほぼゲロなんだからゴミで良いだろ!!」
「ダメだ! なんか噂によっては花言葉で気持ちがわかるって書いてたから全部調べる!!」
「!? 絶対ダメだこれはゴミにする!!」

 結局その後、花をゴミにするか否かを揉めに揉めているうちにどんどん花が萎れていき、元の花が何かわからないレベルになってしまった。
 安心したように花を捨てる相棒だったけど、まあ、気持ちについてはまた今度改めて本人の口から聞けばいいし。
 それを伝えると真っ赤な顔で口をぱくぱくさせていて、俺の相棒やっぱさっきの花の全部に勝てるくらい可愛いなと確信した。
 
「なー相棒、相棒も言ってくれよ」
「……好きだよ、千冬」
「!」
「これからさ、花言葉じゃ足らねーくらい、好きって言ってやるから覚悟しとけよな!!」

 相棒が腹を決めた顔でそんなことを言い逃げていったので、俺(の理性)は果たして無事でいられるだろうか、と改めて喜びを噛み締めるのだった。

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