ホラーハウス東堂家へようこそ! - 2/2

「ストーカーが居るんだ」

唐突に、東堂がそう言って持っていた飴色の紅茶の入ったティーカップをテーブルに置いた。

ここは、喫茶店で、旧箱学三年が揃ってお茶を飲んでいた。新開は一人大きなパンケーキを食べていた。

東堂のその発言に怪訝そうな顔をしたのは荒北で、彼はコーラフロートをずぞぞと思いっきり吸い上げる。

福富は相変わらずの鉄面皮で、どうしてそのように思ったのだ?と東堂に尋ねながら自身のカフェオレ(砂糖・ミルク大量入り)を優雅に啜った。

「ていうか、お前自分の巻ちゃんストーカーは棚上げかヨ」

「(無視)いやな、最近妙なことが多くてな。しょっちゅう視線を感じるし、家の物の位置が不意に変わっていたり」

「結構ガチな案件じゃね?警察は?」

「男相手だとあまり動かないのだよ。まあ女子優先に動くのは当然だから俺は警察頼る気はもとより無いのだ。自力で仕留める」

「尽八つよい」

「とはいえ、もし単独犯じゃない場合が面倒だから、お前らにこうして救援要請しているわけだ。良かったな荒北出番だぞ」

「なんで荒事イコール俺みたいな等式出来てんのォ????」

「なんだ、リーゼントは飾りか」

「表出ろヨいつの話してんだヨ!!」

ぎりぎりと睨みあう荒北と東堂に新開がまあまあと仲裁を挟み、福富は俺は別に構わんとはっきり言った。

新開も別に今暇だから付き合うぜ★とバキュンを決め、荒北も仕方なさそうに了承した。

「有難い。最近は少し気になりすぎて夜しか寝れない日々を送っていたのだ」

「どんな図太い神経してんだヨ。家にも上がられてるかもって状況でぐっすり寝てんじゃネエヨボケナスゥ」

とはいえまあ、ひとまず四人は喫茶店を出て東堂の家に向かった。

今、彼は一人暮らしをしているので小さなマンションの二階に住んでいた。

ガチャリと鍵を開けて入ると、夏にもかかわらずヒュウと少し涼しい風が吹いた。

「ナァニ?クーラー付けっぱナノォ?」

「んなわけあるか。ちゃんと切った。この部屋はいつ如何なる時も部屋が涼しくてな。なぜかここだけ家賃が安くて助かったのだよ」

「「・・・・・・」」

「そうか、ラッキーだったな東堂」

「だろう?フク」

「寿一」

「フクチャン」

既に嫌な予感がしているスプリンター&アシストが思わず声を掛けそうになるが、まだ慌てるのには早い、偶然かもしれない。

「こっちが俺の寝室だ。そこは居間の様なとこだな。好きに掛けてくれ」

荒北がすすめられるがままに座布団に腰掛けると、何か黒いものがはみだした。

何かと思ってみてみれば、明らかに東堂のじゃない長い黒髪だった。

「東堂、お前最近女でも連れ込んだ?」

「んなわけないな!!俺はみんなの東堂尽八!誰のものでもないし誰のものかと問われたら俺のものだな!!」

「そこまでは別に聞いてなかったけどOK大体把握した」

新開と顔を突き合わせ、これストーカー(足無い系)だわ…とため息をつく。

カタカタと食器棚が揺れ、誰も居ないのに食器が一人でに落ちた。

「あ、また食器落ちた。最近はもうあまりに落ちる頻度が多いから全部プラスチックか木にしたのだよ。割れない」

「お前のその解決方法が割と迷子なのは変わらないノネ。なんで皿の方を変えるんだよ家変えろよ」

「セラミックの耐熱のコップは悪くなかったのだが落ちたら五月蠅くて。夜寝てる時だと嫌だから全部軽いプラと木に変えたのだよ。」

「夜中に勝手に皿が落ちて割れることにもっとびびれよ。皿の種類検証してる場合かよ。心臓鋼で出来てんじゃね?」

「なあ尽八この家に越してきてどのくらいだっけ?」

「ん?三か月くらいか。来てすぐストーカー現象起き始めたが、まあ飽きるだろうとほっといたらどうやらそうでもなかったらしい。やれやれ、美しいのは罪だな…」

「罪深いのはお前の鈍さ加減だろ、ストーカー涙目だろ。ていうかストーカーだったとしても三か月放置とかどんな神経してんだ」

残念極めた頭のキレる(筈の)天才クライマーにもう言葉も出ない新開と取り合えず憎まれ口を叩いておく荒北、真面目にストーカー対策を考える福富と三者三様だった。

「あのね、尽八、落ち着いて聞いてね。多分これ、心霊現象だと思うんだけど」

「なに!?お化け的な奴か!」

「お化け的なヤツだね。ほらこれ、今髪の毛落ちてたけどこれお前んじゃないだロ」

「…違うな、俺のはもっとサラサラキューティクルで、こんなばっさばさに痛んだ髪ではないな」

「…ああ、うん、ソウネ」

もう突っ込む気にも慣れないらしい荒北は、ぽいっと髪の毛をゴミ箱に投げ捨てた。頑張れツッコミ要員。

「家賃が安いってのも多分、事故物件で誰も住みたがらないからじゃない?」

「…成程な」

「わかってくれた?じゃあ早速解約に行かない?」

「隼人、つまりはここに居座るお化けを追い出せば格安物件(事故無し)をゲット出来るんじゃないか?!」

「おっとそう来たか」

そうこうしてる合間にも、家のあちこちで家鳴りがしているし、きちんと閉めている筈の水道の蛇口からぽたぽたと水音がする。

東堂が台所に見に行くと、困ったような声がした。

「なあ、血は水道代に含まれるだろうか」

「何を見たオイ」

「蛇口から捻ってないのに血が滴ってる。くそ、水道代バカにならないんだぞ…もしこれで金取られたらどうしてくれる」

「気になるのはそこなのネ」

「風呂で体洗ってるのに血が出てきては汚いだろう!」

「まあそうだけども!!」

東堂は寮でホラー見たりした時も一人だけ謎のポイントで怖がってたことを、そういえば、と新開が思い出した。

皆は天井から青白い子供の幽霊がこっちを見てることにビビっているというのに、真顔であいつどうやってあそこでスタンバってたのだ…自力で登ったのか、飛んだのか、やばいな最近の幼児と呟いていたのは忘れない。

「ともあれ、じゃあストーカーじゃないのか。…ストーカーなら物理的に話し合うことも出来るが、幽霊相手はどうしていいかわからんな」

「物理的に話し合うというパワーワードな」

「いちいち突っ込むなよ新開、話が進まねえ」

「わりいわりい」

「東堂、お化けは物理的に話し合うことはできないのか」

「やったことないからわからないな。意外といけるかもしれんな。やってみるか」

「ちょっと待って落ち着けお前ら」

福富と東堂が迷走しかけたのを新開が止めて、取り合えずこういう小細工じゃなくて本体に出て来てもらわねえと話にならねえだろと荒北が諭す。

「本体?」

「バッカおめえ、こういうちゃちい嫌がらせして家主追い出してる張本人の霊だヨ」

「ちゃちいか…?」

新開の小声のツッコミは聞かないふりをして、東堂も頷く。

「確かに、家賃払ってるのは俺なのに俺が出ていく意味が分からないな!!嫌がらせをやめてもらって出来るだけ平和に立ち退いてもらおう!」

「一応聞くけど話し合いで解決し無そうだったら?」

「有史より、話し合いで事が済まない場合は戦争一択だよ(ニッコリ)」

「意外と血の気が多いヨネ東堂ォ」

「ご本人に出て来てもらおう作戦、取り合えず計画を立てようか」

「よし、思いついた案を出してけ」

四人で頭捻らせていくつか案を出す。

取り合えず

・呼んでみる
・釣ってみる
・誘ってみる
・挑発する
・本職に聞いてみる

の五つくらいの案が出る。案とは。しかも本職に聞くまでが長すぎる。

「じゃあ順番にやってみるか。まず、呼ぶ」

東堂が、台所からフライパンとおたまを装備してやってきた。

そして、それをおもいっきりカンカン鳴らしながら叫ぶ(※マンション)

「お化け!!!いるのは分かっている!!神妙にお縄につけい!!!」

「なんか色々雑ざってネ?」

「まあ細かいことはいいだろ。出てこい!!!姿を現せ!!!床やら風呂やらをこっそり血まみれにしてみたり布団よれよれにしたり箪笥の服を全部ぶちまけたり!!片づけるの面倒なんだぞ!!きっちり落とし前つけさせろ!!!」

「結構な目にあってんじゃねえか、もっと早くに頼れヨ」

「本当にな。ていうかついさっき幽霊って気づいたのにさも知っているかのような言い草が流石は尽八」

「東堂は強い」

しかし東堂がいくら叫んでも、うんともすんとも気配はない。

代わりと言ってはなんだが、馬鹿にしたように先程拾った皿がまた落ちた。

「…ダメそうだ。犯人一向に反応なし。…取り合えず幽霊呼ばわりもあれだから固有名詞をつけよう。」

「固有名詞?」

「ああ、呼び名が無いと呼びづらいだろう?というわけで幽霊!今からお前の名前はヤスだ!!!いいな!!」

「ぜってえ良くないだろ。なんでだヨ」

「犯人はヤス!」

「それ言いたかっただけだよネ?!?」

一通りヤス(仮)を呼びまくったものの、依然反応は無いので、仕方なく東堂は次段階へ移ることにしたらしい。

「ちょっと買い物に行ってくる。20分くらいで戻る」

そう言って財布だけ持って外に行ってしまった。

20分で戻れそうなとこと言えば隣にあるスーパー位だが。

「つうかこのホラーハウスに取り残さないでほしい」

「それな」

「出てきたら取り合えず捕まえとこう」

「フクちゃん、ワクワクしながら縄用意しない。どっから出したのそれェ」

「いや、ストーカーと思ってたから縛り上げる用に持ってきてた」

「なるほど流石フクちゃん」

「あ、靖友が突っ込みを放棄した。ストーカーだとしても縛り上げちゃまずくない?」

「女子だったらむしろ俺らが捕まりそうだナ」

「む。男の場合だけにしよう」

「…男の可能性があるのが尽八の恐ろしいとこだよね」

「…まぁネ」

流石に二十分そこらじゃ何も起きず、東堂が帰ってきた。

「待たせたな皆の衆!これから夕飯を作るぞ!!」

「「このタイミングで?!?」」

「成程、文字通りうまいもので釣るわけだな、流石東堂」

「流石フク、話しが早いな!!その通り!!というわけでお前らちょっとのんびりしてていいぞ。手伝ってくれてもいいが。あ、隼人は来るな」

「なんで?!」

「お前絶対つまみ食いするだろ」

「…する、だろ?」

「なんで無駄にキメたんだよつまむなボケナス」

「東堂、新開はこっちで見張ってるから遠慮なく作るといい。俺は腹が…減った!!」

「ヒュウ。俺もだぜ寿一」

そんなわけで、東堂抜きでトランプに興じる三人、仁義なき七並べが始まった。

「ぜってえクローバーの8止めてんの新開だろ!!出せねェだろうがてめえさっさと出せ!!」

「いやん、疑うのは良くないぜ靖友?バキュン」

「ッセボケナス!!」

「俺は強い」

「福チャン早いネ?!?上がり!?てことはやっぱおめえじゃねえか新開!!」

「バキュン★」

「それでごまかせるの泉田だけだからァ???!」

大変白熱していると、台所からいい香りがしてきた。

「待たせたな。配膳を手伝ってくれ。新開以外」

「おう、じゃ俺が行くから福チャンはそこの豚見張っといてェ」

「あ、ずるい靖友負けそうだからって!!」

「見張りは任せろ」

「寿一いいいい!!」

出汁の香りが漂う鍋は、沢山の具が使われた具沢山豚汁で、ほっくりと煮えたジャガイモ、牛蒡、人参、玉葱、そして豚肉が湯気を立てている。

お盆が用意されており、七味の小瓶もそこに載せられていて自由に振りかけれるようになっていた。

東堂が鍋からお椀に汁を映し、それに葱を降らしたお椀を荒北に渡す。

荒北は黙って受け取り、お盆に四つ載せて持ち上げた。

「隼人に、全部揃ってからいただきますだぞって言っといてくれ」

「あいつ食欲魔人つうか幼稚園児じゃね」

「似たようなもんだろう。」

ひどい会話を交わしつつ、それ以外のお皿を東堂が大きなお盆に載せた。

「でっかいお盆。一人暮らしでいるかそれ」

「いや、どうせお前らとか遊びに来るだろうと思ってな。もてなしに必要なものを一式揃えてる。緑茶と麦茶どっちがいいか聞いておいてくれ」

「了解」

荒北が聞きに行くと、荒北と新開は麦茶、福富と東堂は緑茶を用意することになった。

冷蔵庫で冷やされたお茶のボトルを取り出し、美しい木のコップで注いだ。

カロンカロンと軽い音を立てて氷が浮かぶ。

「本当は硝子のコップの方が映えるのだが、割れるからな」

「あー。まあ、これはこれでいんじゃなァイ?」

珍しく荒北がフォローしながら、お茶を出す。

お盆から配られたのは、大皿いっぱいに盛られた、まだじゅうじゅうと音を立てている、かりっとジューシーに揚げられた唐揚げに、使いやすいようにカットされたレモンが皿の四か所に添えられた皿に、林檎・かにかま、ツナ、薄くスライスされた胡瓜がマヨネーズとほんの少しのシーザードレッシングでまとめられたポテトサラダ。

全員分に焼かれた出汁巻き卵は、ふかふかと黄金色に輝き、食欲をそそる甘い香りと、そっと添えられた大根おろしと少しだけ掛けられた醤油が鼻孔を擽る。

そして、小鉢に可愛く盛られているのはほうれんそうの白和えで、鮮やかな緑と白のコントラストが美しく、擂り胡麻がそっと乗せられていた。

大皿よりは小さな中くらいの皿には、取りやすく美しく盛られた素麺があり、タレは何種類か作ったのか、檸檬とかぼすでさっぱり作った酸味の強いタレ、濃いめのタレにネギと山葵をたっぷり入れた辛めのタレ、卵を溶かした黄身ダレの三種類が用意されている。

ご飯も勿論あり、炊飯器の中ではふっくらと炊かれた麦ごはんが湯気を立てている。

「本気出しすぎじゃなァイ?」

「だって釣れって言うから。どうだ?味だけでなく見た目も美しいだろう?刺身の飾り盛も考えたが、この時期だし痛んだら嫌だからな。ただ惜しむは皿が全て木とプラスチック」

陶器や硝子ならもっと美しかったと悔やむ東堂に新開が肩ポンした。

「それはヤスのせいだから仕方ないぜ、うまそうだぜ尽八?」

「なあ今思ったんだけどヤスって俺の名前と被っててなんかヤなんだけどォ」

「もう決まったんだから今更グダグダ言うな。お前をヤスって呼ぶ奴ここに居ないから大丈夫だ」

「…へいへい」

「へいは一回!そうめんは最初予定はなかったが、男子大学生四人だからな。米の量が不安になってきたから急遽取り入れた。お中元でしこたま貰ったから素麺だけはお替りしていいぞ隼人」

「マジでやったぁ!!尽ちゃん愛してる!」

「お前の愛安すぎだろ素麺って!…さて、ヤスは釣れたかな?」

輝く御前を前にしても、特に何も反応はなかった。

しいて言うなら、電気がちょっとパチパチした。

「なあ東堂。ヤスってモノ食べれるのか?」

「…あ」

「…食べれないのに出て来ても唯々悔しいだけではないか?」

「…よし皆、冷めないうちに食ってしまえ。お残しは許さんぞ!」

「大丈夫塵も残さず平らげるぜ。…あるるぅるぁあああ!!」

「隼人五月蠅い!!いただきます!!」

「「「いただきます!!!」」」

そんなわけで、美味しそうなご飯で釣る作戦、失敗。

ただし、全員かなり美味しい東堂の飯に舌鼓を打ち、ヤスは出てこなかったが普通に胃は満足はした。

新開が膨れた腹を撫でながら一息をついていると、東堂が食後のデザートを持ってきてくれた。

「なにこれ?」

「適当にジュースとゼラチンで固めたゼリーにフルーツとクリーム添えただけだ。結構様になるだろう?」

「わー綺麗!これインスタ映えってやつじゃない?」

「俺やってないからな!まあ晒す分には構わんよ!」

「俺もやってない!」

「なぜ言ったんだ隼人よ」

はあ、とデザートも食べ終わり、次は誘ってみるってやつだなと福富が言う。

「誘うってどうやってだ?」

「次の挑発も似たようなもんだけどネ。どうすんのォ?」

「もうまとめてやっちゃうか?」

ふむ、と東堂がスイスイスマホを動かす。

そしておもむろに着ていたカッターシャツの前のボタンを外していく。

驚く面々をスルーしながら、そのままベッドにしなだれ込む。

そして、それらしいポーズをとりながらこう言った。

「どうだ!!!!東堂尽八のグラビアだぞ!これで釣られないストーカー居ないだろ!!!」

「ヤスはストーカーじゃねえし誘うってそういうことォ?!?」

「ヒュウ!じゃあ俺もやるぜ!!!」

「新開ぃいいい!!!悪ノリすんなぁああ!!!!」

そんなわけで新開と東堂が上半身裸で適当に絡むという、酒も入っていないのに謎なテンションの上げたかをするのを見て福富が写真撮影はいるかとのんびり問うていた。

「ああ、在った方がそれらしいか!頼むフク!」

「よし、じゃあポーズ頼む」

「荒北コール頼む!」

「コールからいるの!?!?めんどくせッ!!!!」

「早く!!」

「ッあーもう!!!わーったよやりゃいいんだろやりゃ!!いつもの指さすやつやってーー(棒)」

「うむ!!!くるしゅうない!!よきにはからえ!」

「じゃあ俺も俺も!!…バキュン★」

「で、でたー新開のバキュンポーズ、必ず相手を仕留めるって合図だーー(棒)」

「ちゃんと撮れている。ばっちりだ(ジーーー」

「録画モードになってる福チャン!!赤い丸ついてる!!!今のクソ茶番音声で残ってる!!!!!」

「まあ、その辺はどっちでもいいだろう。…ていうかこんなイケメンのグラビアを見て出てこないだと!??!どういうことだ巻ちゃん!!」

「巻ちゃんいねえよ!!!!冷静に考えて何故出てくると思ったんだァ!!!落ち着けボケナス!」

「俺ボケじゃない!!!」

「俺もナスじゃない!!」

「アホコンビウッザ!!!!!」

「うざくはないな!!!」

アホトリオが騒いでいると、福富が東堂を呼ぶ。

「東堂」

「どした?フク」

「いや、あれを」

福富がくいっと顎を動かして視線を動かすと、台所の壁に、血文字が浮かび上がっていた。

ウ  ル  サ  イ

「ほらぁーー靖友が大きな声出すからぁーー」

「ヤスくん怒っちゃったじゃーん」

「なんっだお前ら!!お前らがやれっつったんだろうが!!やりたい放題か!!なんだそのノリ!!」

「ていうか初めて向こうからコンタクトとってきたな。やはり俺の色気には抗えなかったか」

「突然のマジレス!あと東堂は文字読み直せ。」

東堂は血文字に向かって真っすぐに歩き出し、それに思いっきり指をさした。

「おいヤス!!!ウルサイだと??貴様が普段皿を落としたり家を荒らしたりするのが煩くないとでも思っているのか!!いいか!!自分がされて嫌なことを人にするもんじゃない!!あとここの家賃を払っているのは俺だから基本的に発言権は俺のものだ!!!お前は煩いだの言える立場ではない!!五月蠅かったら出てけばいいだろう!!それが嫌ならまず姿を現し俺に対し誠意を見せ、家賃を払え!!!」

「結局家賃の話に落ち着くのネ、お前そんな守銭奴だっけ?」

「俺はイギリスに居る巻ちゃんに会いに行くために日々バイトをし、レースに出て、節約しているのだ!それをお前がとっちらかすもんだからこっちは結構散財している!!まずその分の慰謝料をきっちり払ってその後は家賃の折半をしろ!!話はそれからだ!」

「すげえこいつ幽霊相手に慰謝料を要求し始めた」

すると、何やら空気が更に冷えていく。

まるで東堂の説教に怒っているような怒気も。

煽るように東堂も負けじと叫ぶ。

「なんだ?俺は間違ったことは言ってないぞ!!文句があるなら出てきたらどうだ?卑怯者は姿すら現せないのか?俺はいつでも受けて立つ!!」

「おお、なんだかんだ挑発するとこまで来たぞ靖友!」

「あ、あれ続いてたんだァ」

「流石東堂、抜かりない」

すると、ぼうっと壁から人影のようなものが浮き出てくる。

「お前がヤスか!!!!やっと出てきたな!!!」

『…トリアエズ…ヤスッテダレ…』

「「「ですよね」」」

残念な感じの第一声だった。

そして、その後東堂による説教が2時間程続き(荒北と新開と福富は風呂を済ませていた)、幽霊は困ったように眉を下げた。

『クソ、ノロイコロソウトシタノニナンダコイツゼンゼンキカナイ』

「そりゃ俺は山神東堂だからな。神に幽霊如きがどうこう出来るわけないだろう常識で考えろ」

『ジョウシキ…?』

「まあともあれ、元は君の家だったという君の言い分も分からないわけではない。俺とて無情ではないからな。だがその上で君は死に、今は俺の住処なわけだ。だから、最期の手向けをお前にやろう。だから、それを土産に冥土に下る気はないか?」

『タムケ…?』

「うむ。これだ。」

東堂が冷蔵庫から何かを出してくる。

「神からの手向けだ、有難く受け取れ。」

そう言って渡すの、上等な日本酒と、塩漬け桜葉で巻いてある道明寺桜餅だった。

「実は箱根から姉がよこしてな。去年俺が作ろうと思ってとっておいた桜の葉を送ってもらえたから作ったのだよ。昨日作った奴だし、まだ誰も食べてないから、全部君にやろう。この酒もいいものだぞ。成人したら飲むように貰った上物だが、君にやる。足りねば明日の朝のデザートに使うつもりだった水蜜桃もつける。」

『…ワカッタ』

「そうか、俺の話を聞いてくれてありがとう」

『ダケドサイゴニモウヒトツ。・・・ワタシモ、タベタイワ、アナタノダシマキタマゴ』

「…その位。お安い御用だ。すまんね、君の居場所を奪ってしまって。どうか来世では、こうして化けるような事のない素晴らしい人生を送れるように祈っておこう」

『アリガトウ。…カミサマガイウトガンチクガアルワネ』

「はは、まあな!!」

こうして東堂の説得&餌付け成功でヤス(違)は安らかに昇天していった。

「結局これ、俺たち要らなかったな」

「何を言う隼人。お前らとバカ騒ぎしたから出てきたのだぞ。いわば天岩戸作戦だ」

「ぜってえ今考えたろオマエ」

「東堂。10時だ。俺は眠い!!!!」

「あ、もうそんな時間か。俺も風呂に入ってこねばな、お前ら泊まっていけ。何布団位用意してある、フク、先に敷いててくれるか」

「任せろ」

福富、新開、荒北、東堂の順に寝落ちしたが、翌朝血文字の掃除を手伝う代わりに極上の朝ご飯を相伴に預かることが出来て、(特に新開が)幸せな気分で東堂の家を後にするのだった。

三人は今度、揃いの硝子のコップを買ってお邪魔しよう、と決めた。

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